ジル 人と魔の狭間で⑥
――バシウ村に来て三日目。採掘二日目の朝。
ジルは昨日と同じように採掘場へ向かう。
足の具合は大分良くなったようだ。腫れは引き、痛みも引いている。しかし鼻の具合は、昨日毒を嗅ぎ続けたためか、調子が悪い。
ジルは一度立ち止まり、自分の手を眺める。
以前魔術を使った時、自分の中に魔素を感じたが、今は感じ取れなかった。
体はほとんど元に戻ったが、魔素は回復していないようだ。多分、高位魔族との戦いの時に、初めてなのに魔術を使い過ぎたせいだろうか。
これでは、すぐにロミオや共に戦った仲間を探しに行くのは無理だと思った。魔術が使えなければ、足で移動することになる。
ジルは採掘場に着くと、その日も朝から懸命に石を掘り続け、黙々と作業をこなしていた。
昨日の成果もあって、エルロアはジルに一人で行動することを了承した。
ジルは昨日よりも更に奥深くへと一人で石の探索を続け、微かに黄色く光る石を見つけた。少量であるし、石のことはよく分からないが、価値がありそうだ。
(そうだ、この石をこっそりリーゼルに渡せば、リーゼルはお金を自由に使える……)
ジルはそう思ってポケットに少し石を詰めようとした。しかしジルは石の欠片を二、三個仕舞ったところで、急に強い毒の臭気を感じ、その場に膝を付いた。
(何だ、急に、毒が濃くなって――)
眩暈がし、体の自由が利かない。
同時に瞼が閉じられる。
気が付くと、ジルはその場に倒れていた。
――どれだけ気を失っていたのか。
ジルは目を覚まし、よろよろと立ち上がって、周囲を探る。
毒の気配は少し薄れていて、歩くことが出来た。
魔族の血を持つ自分が倒れるなど、余程の毒だ。
(ここに来ている人たちは、命が危険だ。すぐに出させないとー)
ジルは眩む頭を押さえ、他の人たちが作業をしている場へ向かう。
少し開けたその場所では、三人の作業員たちがその場に倒れている。生きているか死んでいるかは分からなかった。
隅の方で、微かに動く気配を捕らえ、動ける者がいる、と思ってそちらに目を向けると、ジルはぎょっとした。
エルロアが倒れた一人の作業員の男の腕を掴み、口を開けていた光景だった。
(なっ……! 人を、く、食おうとしている……!)
ジルがその瞬間、エルロアの正体が何であるか悟ると、エルロアが首だけを回してこちらを見た。
「大丈夫かい? ジル、顔色が悪いよ」
エルロアは口元のよだれを拭い、ゆっくりとジルに近付いた。
ジルはエルロアを警戒し、拳を握った。
「それ以上近づくな!」
ジルは暗い採掘場の中で黒い瞳を光らせる。
「ジル、何を怯えているの? 言ったよね、倒れても助けにはいけないって」
「何をぬけぬけと……。あんた、今、その人を食おうとしたな。……魔族、なんだろ?」
エルロアはにこりと笑うと、闇の中で赤い瞳が光っていた。
「魔族? 何のこと?」
「今更とぼけるな。この毒の蔓延した中で平気で動ける人間がいる筈ない」
ジルがいうと、エルロアは、く、くくくく……、と、含み笑いをした。
ジルは夜目が利くが、この暗がりの中では、作業をしないものの手など気にして見ていなかった。
この村の人は魔族を知らない。
だから以前から村にいるエルロアの手が骨ばっていても爪が長くても、そういう個性だと思うだけだった。
魔族の臭いがしなかったのは、この採掘場の毒のせいだ。
「ジル、人の血が混じっているのに、すぐ目が覚めたんだね。混血でも、案外丈夫なんだ」
エルロアに話しかけられながら、ジルは他のことを考えていた。
オレはこの魔族に勝てるだろうか?、と。
「あんたはそうやって、今まで、何人もの人を殺して……、食っていたのか?」
「だったら何? ボクは魔族だ。そんなこと、珍しくもないさ。別に、村の人間全てを食おうっていう訳じゃない。ほんの少しだよ。いなくなっても怪しまれない程度に……。この中は案外広いんだ。人間ていうのは面白いもので、少しくらい行方不明になっても、誰も不思議がらないんだ。……ねえジル、ボクをどうする気?」
ジルはエルロアを警戒しつつ、距離を取った。
そしていつ攻撃を仕掛けられてもすぐに応戦できるよう、臨戦態勢に入る。
「……これ以上被害者を出さないために、あんたを倒す」
ジルは自分の爪を瞬時に伸ばして短剣を創造し、闇に同化する黒い瞳で、エルロアを見ていた――。
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