ジル 人と魔の狭間で⑤

 エルロアは男たちが逃げ出さないように見張っているのだとジルは思った。

 時々、作業をしている男たちは咳をしたり、具合が悪くなって作業を中断したが、エルロアは毒に強い体質なのか、ジルと同じく、平気なようだった。


 作業場は、洞窟の奥深くなので灯りはほとんどなく、色を判別するのが普通の人間には困難だった。

 ジルは夜目が利く。掘っていた箇所では、幾つかの良い石の破片を見つけることが出来たが、その辺りはもう取り尽くしてしまったようだ。色のついた石はほとんどなかった。


「もう少し奥へ行ってもいいか?」

 ジルがエルロアに訊ねると、

「いいよ。ジルは随分目が良いね。けど、一人で倒れても、助けてやれないかもしれないよ」

「ああ、分かってる。……大丈夫だ」

 

 ジルは足を引き摺りながらではあるが、素早く移動して、更に奥深くへと進む。

 暫く進んだ後、狭い箇所を通り、開けた場所を見つけた。暗がりの中、辺りを見回して珍しい色の石を探す。  

 微かに青く光る石を見つけたジルは、おもむろに、その場を掘り始めた。

 ツルハシを数度石壁にぶつけるが、僅かにひびが入る程度だ。


(結構硬いな……)


 ジルは今度はもっと力を込めると、石壁ががらがらと崩れた。青い石は石壁の中に隠れていたようで、壁が崩れると、ザクザクと出て来た。沢山あったが、全てではなく、半分ほどその場に残し、もう半分を袋に詰めて、ジルはその場を後にした。



 その日の仕事を終えて採掘場を抜けると、ジルを連れてきた男が、

「小僧……、いや、ジル、良い働きをしたな。想像以上だ」

とジルを褒め称え、他の者たちもジルに尊敬の言葉を贈った。


 その中で、エルロアは面白そうに口の端を持ち上げてジルを見ていた。

 青い石は貴重な石だったようだ。

 あまりにも皆が喜んだので、ジルはやり過ぎてしまったと後悔した。


 あまり取り過ぎると、ヘインズは欲をかくだろう。


 リーゼルの家に戻ると、ヘインズもジルを褒め称え、納屋ではなく部屋を貸すと言い出した。

 

「ああ、その部屋を使わせてもらう」

 ヘインズに言われるがままにするのはしゃくだったが、同じ家屋に居た方が奴からリーゼルを護ってやれると思い、ジルはその提案を受け入れた。

 

 食事時、ヘインズにわざとらしい愛想の良さを向けられる度に、ジルはヘインズに冷めた目を向け、苛立ちを隠しきれなかった。


 ヘインズは機嫌が良かったので、その夜、リーゼルがジルの部屋に話に来ることを咎めなかった。


「ジル、あなたのお陰であの人の機嫌が良いの。一時的なものだろうけれど――」


「リーゼル、あいつに、その、殴られてるんだろ……?」

 ジルは迷いながら口にした。

 リーゼルは俯き、肯定も否定もしなかった。

 ぽつりと、仕方ないんだ――、と言った後、少女は生気の抜けたような目をして話し始めた。


「……あの人は始めは良い人だった。母さんは本当の父さんがいなくなってから寂しくて、あの人と結婚をしたの。でもあの人は、結婚して少ししたら母さんに酷く当たるようになった。母さんはあの人に従うしかなくて、ずっと働き詰めで、体を悪くして、今では、ほとんど寝たきりになってしまったの」

 ジルは、一度も見たことのないリーゼルの母の気配を始めから感じていた。


 リーゼルは、体の自由の利かない母親の世話をずっとしていて、それだけで、まだ十二歳の少女には大変な苦労だった。

 

「リーゼル、村を出ようと……、あいつから逃げようと思わないのか?」


 リーゼルの瑠璃色の瞳に、一瞬だけ、迷いが映った。


「オレがリーゼルを連れて行くよ」


 ジルは気が付いたらそう言っていた。

 耐えられなかったのだ。これ以上、見て見ぬ振りをして、リーゼルを放っておくなどできないとジルは思った。

 

「オレと一緒に暮らしている、世話をしてくれてるロミオって人は、親切で、あったかい人なんだ。だから、リーゼルのことも温かく迎えてくれるよ」

 しかしリーゼルははっきりと首を横に振った。

「それはできないよ、ジル。母さんを置いては行けないもの」

 

 ――ありがとう、ジル。


 リーゼルはそう言ってそっと微笑んだ。



(ありがとうって、何だ? オレはリーゼルに結局何もしてやれないのに、何で、嬉しそうにお礼なんかいうんだ?)



 リーゼルの笑顔は今にも消えてしまいそうに見えて、ジルの胸はまたずきりと痛んだ。





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