ジル 人と魔の狭間で④

 採掘場へは、歩いて三時間ほどで辿り着いた。

 足が充分治っていないので、時間がかかってしまい、案内役の男は、「こんな子供、役に立つのか?」と、訝っていた。

 それでも金を回収しなければならないので、辛抱強く、男はジルの徒歩に合わせていた。


 採掘場は大きな洞穴どうけつだった。石や土を運び出した跡があり、散らばっている。


「おい、ここだ。中を進むと人がいるから聞いてみろ。エルロアって奴に従って働け」


 案内役の男はそれだけを言って、去って行った。

 ジルは足の痛みを堪えて、ゆっくりと洞穴を降りた。



(臭気がする……)



 これは、毒だ、とジルはすぐに分かった。

 鼻の調子も悪かったが、その場から出ている臭気が分かるまでは回復したようだ。  

 長い間この場に居続ければ、人間には深い毒となるだろう。


 

(死ぬ奴がいるっていうのも、当然だ)



 ジルはそれを誰かにいう気はなかった。

 この採掘場は、村の者にとって貴重な収入源なのだろう。言ったところで、ここで働く者がいなくなるとは考え難い。

  

 洞穴を降り、少し進んだところに、三名の男たちがいて、掘り出した石を運び出し、選定していた。

 男たちはジルを見ると、眉を寄せたりため息を付いたりした。


「ヘインズが寄越した手伝いって、この子供のことか?」

「あいつ、金ばかり要求しやがって。この仕事、舐めてるな。こんな小僧が役に立つ訳ないだろ」

「まあそう言うな。猫の手でも借りたいんだ。子供なら、狭くても入れる」

 三人の男たちは口々に言った。


「オレは、ジルだ。大丈夫だ、仕事はちゃんとやれる。力仕事は慣れているんだ。あんたたちの中にエルロアって奴がいるのか?」


「エルロアは、ここの纏め役だ。もっと深くで石を切り出している」


 反対していた二人の男たちも、結局はジルに仕事を頼むことにしたようだ。

 二人はその場に残り、一人の男がジルに付いて来るよう言った。


 ジルは足が上手く動かせなかったが、それでも、男に何とか付いて行く。



(どんどん臭いが濃くなっていく……)



 更に悪いことに、空気が薄いようで、息も苦しい。

 生命力の強い魔族の血を持つジルが死ぬことはないが、息苦しいせいか、鼻の利きが悪くなった。


「小僧、大丈夫か?」

 暫くして男が言った。


「ああ、苦しいけど、問題ないと思う」

「凄いな、お前。普通は、初めての奴はこんなに深くまで入れば、苦しくてなかなか動けんがな」

 男はそれきり何も言わず、更に深くまで入ったところに、男たちが周囲に散らばって石を切り出していた。


「ここで石を切り出せ。やり方はあいつ――、エルロアに訊きな。時間になったら呼びに来てやる」


 そう言い、ここまでジルを連れて来た男は元来た道をそそくさと戻って行った。

 三人の男たちは雇われらしく、無言で石を切り出していた。

 その場にいた一人の長髪の若い男は、雇われの男たちを見張るように、大きめの岩に片膝を立てて座っていた。 

 ジルを見かけると、立ち上がって近づいて来た。

 


「ボクがエルロアだ。オマエのことは聞いている。それじゃ、さっそく始めてよ」


 エルロアは二十代前半くらいに見える優男で、何だか人を苛つかせるような態度と話し方だった。


 エルロアは口元は緩んでいたが、ジルは、彼の目には感情がほとんど見えないと感じた。


「そこらに石を掘る道具がある、好きなのを使いなよ。この辺りの石は堅いけど、金になるんだ。色の違う石は大きく削り取って。なるべく壊さないよう注意してよ」


 エルロアが説明を終えるとジルは頷き、幾つか石堀りの道具が置かれている箇所まで行くと、その一つを手に取った。

 ジルは小型のルツハシを持ち、黙々と石堀りの作業をする他の者たちに習って、石を掘り始めた。

 

 作業は、ジルと、三人の男たちが担っていた。

 エルロアは何もせず、暇そうに、腕を組んでふらふらと体を揺していた。

 鋭い感覚を持つジルは、エルロアが自分を見ていると気づき、気色が悪いと思った。 


 それでもジルは、他の男たち同様、黙々と作業に没頭した――。







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