ジル 人と魔の狭間で②

「このっ、ガキっ……!」

「あんた、もうやめろ。オレならすぐに出て行くって言っているだろう」

 

 ジルは腕を掴んだまま静かに言う。

 逆上するヘインズとは裏腹に、ジルはずっと静かな口調だ。

 その落ち着き払った声とジルの感情の見えない黒い瞳が、ヘインズは気色が悪く感じ、冷静さを取り戻すきっかけとなった。


「わかったから放せっ!」

 ヘインズに、自分への恐怖を感じ取ったジルは、ぱっと腕を放した。


「……ふん、子供の割に、力があるようだな」

 ヘインズは負け惜しみのように言って、掴まれた腕を摩る。

 僅かだが痛みが走った。

 

「やっぱり、あんたもオレのことが分からないのか?」

「は?……何をだ?」

 ヘインズは眉根を寄せたので、ジルはようやく悟った。


 

(この村は孤立しているから、手を見ても、オレが魔のものだと分からないんだ)



「……いや、何でもない」

 

「ふん、ガキが、ヒーロー気取りか? 怪我をして人里離れたこんな村に逃げて来るくらいだから、どうせ親なしだろ?」


「あんたには関係ない」

 ジルは用は済んだとばかりに、入って来た扉に向かおうとしたが、

「おっと待てよ!」

 それを止めたのは意外にもヘインズだった。

「当然、お前には出て行ってもらうがな。その代わり、納屋とは言え、半日泊めて、世話もしてやったんだ。金を出しな」


 世話したのはあんたじゃないだろ?、と言いたかったが、揉めると面倒なので、ジルはそうは言わず、

「金――?」

 と、眉根を寄せる。

 ヘインズはにたにたと笑っていた。


「金なんて持ってない」

「そういうと思ったぜ。だが安心しな。お前みたいな痩せたガキでも働ける場所があるんだ。見た目より力もあるようだしな。明日からそこに行って、稼いで来い。その間はあの納屋に泊まってもいい」


「ヘインズさ――、あ、父さん、それは、採掘場のことを言っているの?」

 リーゼルはヘインズの機嫌を損なわないよう言い直してから、訊ねる。


「黙っていろ、リーゼル」

「……だけど、採掘場なんて、あそこは危険なところで、子供が行くなんて、無茶だよ。それに、その人を勝手に助けたのは私の方。お金を無心するなんて……」

 

「黙っていろと言っただろう、リーゼル!!」


 苛ついたヘインズがまたも怒鳴ったので、リーゼルは口元に手を当て、口を噤む。


「オレにはそんな暇なんてない。金なら、一度帰ってから、今度持って来る」

「今度だと? どうせ逃げる気だろ」

「逃げない」

 と言ったものの、ジルには、「逃げない」という証明は出来なかった。


「そんな言葉が信用できるか。認めないぞ、俺が言った方法で稼いでもらう。それが一番効率がいいからな」


 ヘインズは尚も言ったが、ジルは構わず、扉から出て行こうとした。


 ジルは、こんな村、すぐにでも出て行って、早く探しに行きたい人がいた。

 ロミオという名の、ジルの親代わりのような、家族同然の存在だ。命を懸けた死闘の後、ロミオとはぐれ、彼がどうしているのか、心配でならなかった。

 

 

「お前が出て行けば、リーゼルにやらせる――」


 ドアノブに手をかけたジルの背中にヘインズが言い、ジルは酷く動揺した。

 リーゼルの方は、顔色が蒼褪めている。

 どうやら、採掘場で働くことは、相当過酷な作業なのだろう。


 ジルはヘインズを振り向き、睨みつけた。


「……分かった。あんたのいう通りにしてやる。だけど、オレはすぐにでもここを出て行きたいんだ。だから三日だけだ。三日で稼いだ金は全てあんたにやる。その代わり、その子に酷いことをするな」


「交渉成立だな」

 ヘインズは言うと、楽しそうに、再びテーブルにあった酒を飲み始めた。


 ジルはそんなヘインズに、吐き気がするほど嫌な気持ちがし、ぐっと拳を握っていた――。




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