ジル 人と魔の狭間で①
およそ二年前――、魔王と人間たちとの決戦前、高位魔族と戦った者たちがいた。
その戦いに参戦した数名の人間たちの中に、黒髪に黒い瞳を持つ、痩せ型の、当時十三歳の少年がいた。
少年は魔族と人との混血児で、強い力と才能を目覚めさせ、高位魔族との戦いを勝利に導いた一人である。
少年ジルは、その戦いには勝利したものの、酷い怪我を負い、魔のものから身を隠しながら、ゆっくりとした足取りで、何とか、一つの村に辿り着いた。
この物語は、ジルが、高位魔族との戦いを終えた直後の四日間の話だ。
――北東大陸ムーンシー国のバシウ村。
バシウ村はムーンシー国の外れに位置する小さな村で、高山の頂にほど近い場所に位置しているのと、複雑に入り組んだ山の奥深くにあるお陰で、魔のものの目に止まらずにいた。
(こんなところに村があって助かった……でも、もう動けない……)
ジルは傷の痛みと疲労のために、村の入り口辺りの水飲み場に蹲った。
水を口にしたかったが、あと数歩が動けず、気を失ってしまう。
倒れたジルが目覚めると、彼は、小さな納屋の、床に敷かれたラグの上に寝かされていた。
(……オレ、どうしたっけ?)
ふと、ジルは喉の渇きが微かに癒えていることに気付いた。寝かされた傍の小さな台に、水差しとコップ、ふきんが置かれていた。
(誰かがオレを運んで、水を飲ませてくれたのか?)
ジルは不思議に思った。
ぱっと見は、人間の子供と何ら変わりないが、極端に節くれ立った手だけは別だ。
ジルの手は、魔族特有の、節くれ立ち、ごつごつと骨ばっていて、長い爪を持つ手だった。この手を見れば、魔のものなのだと分かる筈だ。
助けてくれた者に礼を言おうと、ふらつく足を踏ん張って立ち上がり、納屋から出て、ジルは隣の大きめの
「リーゼル、お前は厄介なことをしたな! あの小僧は何だ!」
玄関に入った途端、奥から男の怒鳴り声がし、ジルの足が止まった。
「お前は本当に、大して役にも立たないくせに、余計なことばかりしやがる。いいか、小僧を早く追い出せ!」
男は尚も怒鳴り続け、野太い声が家中に響いていた。
男は四十過ぎほどの、大きな体格の髭面の男だった。
ジルは自分が魔族であると知られたなら、それはごく自然な反応だと思ったが、男が怒鳴っているのは自分ではない。
――
ああいう喚き散らす乱暴な男を、ジルは何度も見た覚えがある。勿論見ただけではない、おもむろに敵意を向けられたこともあった。
「だ、だけど、ヘインズさん、あの子は大怪我をしているの……放っておいたら、死んでしまう……」
ジルより一つくらい年下だろうか。まだあどけない面差しの少女が、びくびくしながら言った。
「父さんと呼べといつも言っているだろう! 何度も同じこと言わせやがって!」
(あいつ、父親なのか……?)
ヘインズという男が怒鳴っていたのがこの少女なのだと知ると、ジルはいたたまれなくなり、足を引き摺りながらリビングへ入って行く。
「お前は……!」
ジルの姿を認めると、ヘインズは座っていた椅子から立ち上がって近くの棍棒を取ろうとしたが、ジルは構わず、ヘインズの前に立った。
「オレはもう出て行くから、あんた、その子に怒鳴るのはやめろ」
ジルは淡々と言った。
「何が大怪我だ、リーゼル。この小僧、元気そうじゃないか」
リーゼルは、足を引き摺りながらも命に別状はなさそうなジルを見て、
「でも、確かに、数時間前までは酷く呼吸が荒くて……」
「言い訳をするな、リーゼル!」
ヘインズは頭に血が上り、リーゼルを力任せに叩こうとして、少女は痛みを堪えるために咄嗟に目を瞑った。
しかしいつまでも衝撃が来ないので、リーゼルは不思議に思って瞳を開くと、ヘインズの腕を少年が止めていた。
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