アルとパティ 交差する思い⑥

 パティはアルに言われるまで気づかなかったが、二人の背後の茂みには、彼らを付け狙っていた獣が潜んでいたようだ。

 獣――、ではなく、魔物だと、アルは気付いていた。

 魔物と獣では、気配がまるで違うのだ。


 アルは剣を手にし、パティを庇うように立つ。

 すると、暗闇の中から全長二メートルはあるかと思われる、武器を手にした三つ目の魔物がのそりと現れた。

 土色の肌をした、無表情の、不気味な魔物だ。


 パティはアルの背後に隠れ、びくっと肩を震わせ、アルのシャツの裾を掴んでいた。


「あの、アル、大丈夫、でしょうか……。こんなに大きな魔物……」

 パティはアルが心配のあまり、「やっぱり、逃げましょう」、と言いたかったが、アルはパティの不安な気持ちを全て分かっているように、頷き、ぽんと頭を撫でる。


「パティ、僕は大丈夫だ。それより、もっと離れているんだ」

 と至極穏やかな顔を向けた。


「アル……」

「大丈夫だから。心配いらない」

 アルはにこっと笑って、頷いて見せた。


 アルの蜂蜜色の瞳は、揺るぎない自信に満ちている。

 アルのその顔を見ていたら、パティはきっと大丈夫だ、と思うことができ、体の震えが自然と止まっていた。



『メイクール国のアルタイア王子は、十五歳の時に旅に出て、その時、多くの魔のものと戦ったそうだ』


『それだけじゃないのよ。アル様には様々な逸話があってね。多くの魔のものを倒し、魔王とも戦い、勝利に導いたお一人なのだとか』


 パティは以前、聞くともなしに耳に入ってきたクラスメイトの言葉に、まさか――、と、思わず手にしていた本を取り落しそうになった。

 パティには信じられなかった。

 パティは、アルが剣を取って戦う姿など、見たこともなかったのだ。

 

『アル様はとても素敵だけれど、あの美しくて高貴な方が、多くの魔のものを倒し、魔王とまで戦っただなんて、本当かしらね?』


 クラスメイトの一人はそう言って、クスクスと笑った。


 パティには真相は分からないので、何か意見することはなかった。

 だが、それはきっと、本当のことだ、とパティは今になって、確信した。

 


 アルの蜂蜜色の瞳は湖の水面のように静かだった。

 アルは何の前触れもなく、すっと片手で剣を構え、魔物に切っ先を向ける。

 剣を構える仕草は流麗で目を惹く動作だった。


 魔物が襲い来る瞬間にアルは驚くほどの速さで魔物が降り回す棍棒を横に避け、足を狙って剣を横に振るう。


 魔物が足を切られて体勢を崩したところを、アルは今度は両手に剣を構え直し、高く飛び上がって、魔物の肩から下肢にかけて剣を振り降ろした。

 びゅ、と、風切る音が辺りに木霊した。


 続け様にアルは剣を脇に抱えるようにして、魔物の心臓を一突きにした。

 ズ、ン……。


 流れるような、無駄のない最短の動きだった。

 そしてその一連の動作は、魔物との戦いなどアルにとっては大した苦労ではないのだと、分からせるものだった。




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