アルとパティ 交差する思い⑦
大きな体躯の土色の魔物が絶命してその場に崩れ落ちる。
パティには信じ難いが、魔王との戦いの後、アルの実力は半分ほどになっていた。
アルが無表情に剣を仕舞うと、パティは、その場にへたりこんでいた。
魔物と遭遇した恐怖よりも、アルの強さに目を奪われ、魅入ってしまい、茫然としていた。
「パティ、大丈夫?……立てる?」
さっきとは打って変わった、アルのパティを案ずる、優しく穏やかな顔と声が、そこにあった。
それはいつもの優しいアルで、パティは安堵して、差し出されたアルの手を掴むと、立たせてくれた。
その時アルは、パティが顔を僅かに歪ませたことに気付き、ぐいっと彼女を引き寄せて、パティの背中と足を支えて抱き上げた。
「あ、アル?」
パティはさっきから顔を赤くしっぱなしだ。
アルの腕の中で抱かれた格好は、随分と顔が近い。
顔だけではなく、アルに支えられた足も背中も、何だか熱い。
「足首を痛めたのだろう? 大丈夫、このまま抱いて、馬に乗るから――」
――わたしってこんなにアルのお世話になってばかりいて、本当、恥ずかしい。
だけど今は足を動かすと痛むから、情けないけど、お世話になるしかない。
……もっとしっかりしないと――、と、アルの腕の中で、パティは少し落ち込んだ。
「そうだ、その前に――」
と、パティを抱えながら、アルは忘れ物でもしたようなことをいうと、ちゅ、と、抱き上げた格好のままパティにキスをした。
(え?)
あまりの不意打ちに、パティは何が起きたのか一瞬分からなかった。
二秒ほど経って、キスをされたと理解すると、パティは口元を手で覆って、抱き上げられたアルの顔を見ると、アルは涼しい顔をしてにこりと笑んでいた。
「あ、アル……! 何で、急に――」
「何でって、やっと、パティと思いが通じたんだ。嬉しくて我慢できなくて」
そう言うとアルは今度はパティの額に唇を寄せると、パティは咄嗟にアルの腕の中から降りようと少しもがいたが、アルはしっかりと強い力で抱いていたので、パティは逃げられなかった。
パティを抱き上げた状態で、アルは器用に馬に跨った。
パティはようやくアルの腕からは開放され、馬の背のアルの手前に座り、どうしていいか分からないので、前方だけを見ていた。
アルが馬の手綱を引いた。
後ろから見るパティのほんのり朱色に染まったうなじが色っぽくて、アルはまたキスしたくなったが、嫌われたくないので、それは流石にやめておこう、と思い至った。
アルは、心からの幸福を噛み締めていた。
パティと両想いになれて、これが夢なのではないかとさえ、思った。
「パティ、変わらずいてくれて、ありがとう」
アルは馬を操りながら、パティの後ろからぼそっと言った。
記憶を失くしても、パティは少しも変っていなかった。話し方や仕草や笑顔、彼女を形作る全ては出会った頃のままだ。
パティのそれらの性質は、アルに愛しさや懐かしさや、パティが記憶があった頃向けてくれていた愛情を思い起こさせた。
「アル、何て言ったのですか?」
アルが言ったことがよく聞こえなくて、パティが振り向く。
「大好きだって、言ったんだよ」
パティはまた顔を赤くするかと思ったが、恥ずかしそうにしながらも、アルを見つめ、
「わたしも、アルが大好きです」
と、天使のように、眩しく美しい笑顔を向けた。
今度顔を赤くするのはアルの番だった。
アルは手綱を持ったままパティの背中に体をくっつけると、パティと旅をしていたあの頃よりも、ずっと愛しくて、大切な存在となっていることを実感した。
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