アルとパティ 交差する思い⑤


 ――アル……。


 思わずアルの名を呟き、パティははっとした。

 アルに大きな声を出すくらい怒っていたのに、思い出すのは、頼ってしまうのは、アルなのだ。


(……わたし、何て勝手なの。怒ったのはわたしの方なのに)


 考えてみれば、アルはわたしを思って、逃げ道を用意してくれていただけだ。アルは、言いたくないことも、ちゃんと話してくれたのに。


 確かに、そう。

 わたしには覚悟がなかった。時期に王となるアルの傍にいる覚悟がなかった。

 だからアルがわたしの思いを察して、わたしがアルを好きじゃないと思っていても、本当は仕方がなかった。

 それなのにわたしは、わたしの思いを分かっていないと一方的に怒って、大きな声を出してしまった。



(ごめんなさい、アル)



 その時、背後から草を掻き分ける、がさっという音がして、パティは足の痛みを堪えて立ち上がる。振り向くとアルがほっとした顔を見せていた。


「パティ……!」

 

 アルはパティを見つけるや否や駆け寄り、馬を引いていた手綱を思わず離して、パティをぎゅっと抱き締めた。


「良かった、無事で。本当に、良かった……」


 心からパティを案じていたのだろう、アルの体は少し震えていた。

 パティは自分のしたことが恥ずかしいのと、アルの優しさが身に染みて、また涙が出そうになった。

 謝らなくちゃ、とパティが思っていると、アルが口を開く。


「パティ、ごめん。君の気持ちも考えないで、勝手に、結論づけて……」

 アルは躊躇ためらいもせずに言った。


 パティはアルの腕をきゅっと掴んで、ふるふると首を振った。

「そんな、アル、謝らないでください」

 アルの声を聞いた途端、また色んな感情があふれ出し、パティの瞳からは涙が零れた。


「……パティ? 泣いているの? 僕の、せいか?」

 アルは困った顔をして、心配そうにパティの顔を下から覗き込む。


「ち、違います。これは、アルが来てくれて、安心したのと、それに、アルの気持ちが嬉しくて……」

 パティはアルを掴んでいた手を離して涙を拭くと、少し笑顔を見せた。


「本当に、パティが無事で良かった」

 アルは心から安堵した表情で、いつもと同じ、蜂蜜色の柔らかな瞳をしていた。


「あんな風に怒ったりして、わたし、恥ずかしいです。それなのに、アルはわたしのことを探してくれて、こうして見つけ出してくれて、アル、ありがとうございます。とても、嬉しかった」

 そう言ったパティの笑顔が眩しくて、アルは思わず、彼女に見惚れていた。


「そんなこと――」



「わたし、アルが好きです」



 アルが言いかけたことをパティが遮ると、パティはきっぱりと言った。

 パティはアルの手を強く握り締め、アルはパティからそんな風に手を握られたのは初めてのことで、パティから好きと言われたことも相まって、胸の音が急に早くなった。


 

「わたし、アルが好きです。……その、聞いたことは驚きましたが、それでも、わたしの気持ちは変わりません。アルは、優しいから、過去のことでずっと苦しんでいたのでしょう?……これからは、わたしも、その苦しみを、分かち合いたいです」


 

 パティのブルートパーズ色の瞳は真っ直ぐで力強い光が宿り、頬は僅かに紅潮して、彼女の手の平は、心地良い温かさでアルを包んでいた。


 アルは、パティの目を見つめ、考える。



 ――パティはこの先の未来を、僕と一緒に歩んでいきたいと言っているのだろうか?



 しかし、アルはにわかには信じ難かった。

 

「パティ、本当に……いいのか?」


 アルはパティの瞳をじっと見つめ返して、確認する。


 本当は、アルはずっとパティと結ばれることを望んでいた。それは彼にとって、心から待ち望んだ未来だ。

 だが同時に、パティがアルと結ばれることは、この先彼女が幾つもの苦労をすることにも繋がる。

 

(それでも、もし、パティが僕といることが幸福なら……、そう願ってくれるなら、パティを護り、一生を懸けて愛して、心から大切にする――)

 

 アルがそう思っていると、今度はパティはアルの背にそっと手を回して、きゅっと彼を抱き締めた。


「アルが、いいです。だってこうしてアルを抱き締めていると、ほっとします。胸も、どきどきして、煩いくらいなのに、とても居心地が良いんです。それになぜだか、懐かしいような感じもします。わたしは、大丈夫です。アルがいれば、色んなこと、一緒に乗り越えられますから」


 アルはパティの愛らしいが力強い声を聞き、抱き締められながら、これは夢じゃないだろうか――、と、ふわふわとした感覚に陥った。


 柔らかな彼女の感触をもっと感じたくて、アルもまた、パティをぎゅっと抱き締めた――。




 二人の世界に浸っていると、不意に、背後に気配を感じて、アルは一瞬後には警戒をして、パティに、

「パティ、少し、離れていて」

 とそっと耳打ちした。





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