アルとパティ 交差する思い④

「パティ、どうしたんだ? なぜ、泣いているの?」

 アルは突然涙を浮かべるパティに慌てふためき、心配そうな顔を向けた。 


「……言いたくありません」

 パティは俯いたまま言って、手首を掴まれたアルの手を引き剥がす。

 最も、アルが本気を出せばパティの力では引き剥がせないが、パティを傷付ける訳にもいかないので、アルは、拒否されたので仕方なく手を放した。


「アル……、わたし、今はあなたと話したくないです、一人で牧場まで帰れますから――」


 パティはそう言って、逃げるように走ってその場から駆けて行った。

 その間、パティはアルの顔を見ることはなかった。

 

 アルは茫然と、パティが走り去った方角を向いていた。

 

 アルには、パティが何を怒っていたのか、何が泣くほど悲しかったのか、まるで分からない。

 ただ自分は、話をしたくないほど嫌われてしまったのだろうかと思い、益々落ち込んだ。

 

 振られるとは予想していても、嫌われることは想像していなかったアルは、その場から動けず、途方に暮れた。



 ――牧場まで帰れる、そう言われてしまっては、会いたくないのだろうし、探しに行くこともはばかられる。



 どうするべきかと迷い、うろうろと湖の周りをうろつくアルだったが、気が付くと随分と時間が経過していた。


 どうやらパティは、本当に一人で牧場へ帰ったようだ。アルはため息を付くと、仕方なく、馬に跨り、元来た道を辿って牧場に帰ることにした。

 

 牧場へ戻ったら、パティと仲直りがしたい。

 そう思いながらとぼとぼと元来た道を帰って行ったアルだが、牧場へ着いても、パティの姿はどこにも見えなかった。

「アル、やっと戻ったか! パティさんは? 一緒じゃないのか?」

 眉を潜め、フロウが告げたことで、アルの顔色はさっと蒼褪めた。



(パティが戻っていない……! まさか、まだ林の中か? 道に迷ったのかも知れない。林の中は入り組んでいた)



 アルが周囲を見回すと、もう辺りには夕陽のオレンジ色の光が満ちている。

 陽が落ちかけている。

 アルはようやく、事の重大さに気が付いた。


 この辺りでは魔物はほとんど見かけないが、木が生い茂る森や林の中には、魔物がひっそりと棲んでいることも多い。明るい内は魔物はほとんど姿を見せなくなったが、陽が落ちれば、現れる可能性も高い。

 

 アルは大人びたパティにすっかり気を取られて忘れていたが、パティは元々、トラブルメーカーなのだ。パティは大分大人にはなったが、そうした性格はなかなか変わるものではないだろう。


 魔物は出現する確率が少ないが、林を棲み処にする獣は多いので、アルの腰には、学園では普段身に付けない剣を、久しぶりに差していた。


「フロウ、もう一度パティを探して来る!」

 アルは馬を乗り換えて再び林へと入って行った。


 


(どうしよう……もう陽が暮れる……)

 


 パティはまだ林の中におり、木の生い茂ったその場所では、もうあと数分と経たずに闇に覆われることは明白だった。林の中は冷えて、パティはもう数度、体を震わせた。既に薄暗い。


 きょろきょろと周囲を見回してパティは歩いていたが、何度か獣の鳴き声や唸り声が聞こえてきたので、慌ててその場から離れたり逃げたりしている内に、木の根につまずいて、派手に転んでしまった。

 肘と膝を擦り剥いた他に、足を捻ったようで、鈍い痛みが走った。



(痛くて、ちゃんと歩けない……)



 パティは木の根に座り込み、徐々に暮れていく暗闇の中で、息を潜めていた。






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