アルとパティ 交差する思い②

 昔は思わなかったが、パティが近くにいると、アルはパティを抱き締めたい――、その細い腕や美しい頬に触れたい、と強い衝動に駆られることがあった。


 二人で馬に乗っていると、パティへの愛しさが込み上げてくる。

 同時に、心にぽっかりと隙間があるような気もした。

 パティは以前のようにアルに懐いてくれないので、寂しかった。


 二人は森の中を暫く散策した。鳥や鹿をそっと観察したり、木の実を採って食べたりして、アルとパティは、緩やかで楽しい時を過ごしながら、やがて湖の畔へと辿り着いた。

 馬を休ませるためにも二人は休憩を取ることにした。


 アルが先に馬から降り、パティが降りようとすると、アルはふわりとパティの体を持ち上げた。

 以前よりもパティが軽く感じるのは、アルの背丈が随分伸びて、力もついたからだろう。


「あ、アル、ありがとうございます」

 パティは気恥ずかしさで顔が赤らみ、それを隠すために急いで水筒の水を口に含んだ。

 馬も、湖の水を飲み始めた。

「僕にもくれる?」

 パティが水を飲み終えるとアルが言い、パティは、はい、と言ってアルに水筒を渡すと、アルは、ありがとう、と言ってパティから水筒を受け取って水を二、三口飲んだ。

 パティは、水を飲むアルを思わずじっと見ていて、アルの視線に気づくと、不自然に視線を逸らしてしまった。


「アル、あちらの方、見てみましょう」

 何となく気まずくて、湖の奥を指差し、気を取り直して明るくパティは言ったが、足元の岩に気付かず、バランスを崩した。

 アルはパティの体を慌てて後ろから支える。


「あ、アル、すみません、わたしいつもこうで……」

 と言って、パティはアルから離れようとしたが、アルはパティを抱き締めたままだった。

「アル……?」

 パティは不思議に思って体を捩ろうとしたが、アルは、腕をパティの背中で結んで離さなかった。

「パティ」 


 ――好きだよ。


 アルはパティにそう言おうとしたが、言葉が出て来なかった。

 怖気づいた訳ではない。

 それだけで、すませてはいけないと思った。

 その訳は、アルの胸の内に存在している、過去に犯してしまった罪のことだ。

 その罪を告白しないで、彼女への思いだけを一方的に告げることは、卑怯だ――、とアルは思った。


 今までパティに思いを告げなかったのは、告白出来る状況になかったこともあるが、そのことも大きな要因だった。



 パティはアルに抱き締められたまま、首だけを上向け、アルを見上げる。

 アルはパティの無垢な表情にぶつかると、途端に彼女を解放した。


「パティ、あ、ごめん」

「……謝らないでください」

 アルは、自分がしたことを恥じるような目をしていて、パティはどうしてだろうと疑問に思うのと、もやもやとした感情が押し寄せた。


「わたし、嫌だった訳ではありません」



 ――嫌だった、どころか、むしろ、とても心地良かった。

 アルに抱き締められていると、心地良くて、安心して、いい匂いがして、愛おしい。



(わたし、アルが好きなんだ……)


 

 ――アルは穏やかで優しくて、いつも支えてくれて、わたしに自信をくれて。

 舞踏会の夜、アルの大人びた顔が頭から離れず、なかなか眠れなかった。

ようやく気が付いた――、のではなく、本当は気付かない振りをしていた。


 わたし、アルが好き。

 大好き。

 

 一国の王子の彼にはわたしは相応しくない……。だから自信がなくて、素直に認められなかった。

 でも、そんなわたしでも、アルの傍に、いたいと思う。

 それが無謀なことかもしれないけど、それでも……。



 アル、と、パティが口を開きかけた時、アルが少し早く、パティ、と切り出した。



「パティ、好きだよ」



 アルの形の良い唇はそう告げると、そっと、悲しそうに笑みを刻んだ。

 アルの美しい蜂蜜色の瞳には、どうしてか、先ほどよりもずっと色濃く、ここにはいない誰かに向けるような、悲しみと後悔の念が表われていた。



 ――アル……?




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