アルとパティ 交差する思い①

 アルは焦っていた。


 パティは舞踏会でパートナーに誘われた時、はっきりと断ってはいなかった。


(……記憶があった頃なら、パティはほとんど僕しか見ていなかった)


 なので、もしあの頃ならば、

「アル、舞踏会には何時に行きましょうか?」

 とでも言ってきそうなものだ。



 しかし今はそうはいかない。

 何せパティは記憶を失っており、アルを好きだったことも忘れている。

 記憶を失って二年以上月日が流れた。パティの記憶はもう戻らないだろうと、アルは覚悟していた。


 正直、アルはパティに思いを伝えることを怠っていた。

 アルも忙しかったが、それ以上にパティは大変だっただろう。


 今まで勉強などしたことのなかったパティは、学び、覚えることが山積みで、とても告白など出来る状況ではなかったし、それに、アルは、いずれはパティは自然と自分のことを好きになってくれるだろうとも思っていた。


 何せ、記憶を失くす以前のパティは、アルが何も言わずとも、アルのすぐ近くにいつもいて、こう言っては何だが、夢中になってくれていたのだ。


 しかし、今のパティは、以前ほどアルを気にしていないようだ。

 少しは好きでいてくれている――、と信じているが、それも、ただ信頼できる人間としてだけで、男として見てくれているかは、疑問が残る。



(もう前とは違うんだ。パティには僕を好きだって意識はないかも知れない)



 悲しいが、現実を認めるしかない。



(――告白、するか)



 少し早い気もするが、学園にはパティを好意的に見る男が多すぎる。

 ここのところパティは以前にも増して美しくなり、学年も違うので、彼女を近くで見てもいられない。熱烈に告白してくる男子学生がいれば、断り切れず、パティは流されてしまう可能性もある。

 そう考えて、アルはぞっとした。

 


「パティ、今度の休みに、出掛けないか?」

 生徒会を少し抜け出し、アルはパティのいるクラスに顔を出した。

 

「同じクラスに、実家に牧場を持っている生徒がいるんだ。僕も動物が好きだから話が合ってね」

「牧場ですか? 素敵ですね」

 ぱあっと、パティの瞳が輝く。

 

「わたし、久しぶりに馬に乗って、森や林道を歩きたいです」

 メイクール国にいた頃、アルとパティはよく馬に乗って散歩をした。パティはまだ一人では馬に乗れないが、馬は大好きだ。

「ああ、勉強の気晴らしにもなるよ。じゃあ、今度の休みに、寮に迎えに行くよ」

 パティが嬉しそうに、はい――、と返事をしたので、アルも嬉しくなった。



 次の学園の休日――。

 約束通り、アルはパティを寮に迎えに行き、二人は馬車で、アルのクラスメイトの実家へと足を運んだ。


 広大な敷地には、馬や牛、それに羊や山羊もそれぞれ随分と沢山いる。

 これだけの敷地に多くの家畜を持つアルの友人は、裕福な資産家なのだろう。

 牧場に辿り着き、動物たちの世話をしている、麦わら帽子を被った小柄な青年の元へとアルは駆け寄った。

 パティも、小走りで近づく。


「アル、さっそく来たんだね」

「フロウ、招待ありがとう」

 二人が握手をすると、アルはパティの肩をぽんと叩き、頷く。


「はじめまして、パティ・ディグラスと申します。ご招待ありがとうございます」

 パティはワンピースの裾を持ち上げ、フロウに軽く礼をする。


「ああ、いいよ、そんなかしこまらなくても。俺のことはフロウって呼んでよ」

 フロウは小柄で愛想の良い、感じの良い青年だった。


「一つ年上だけど、俺なんて田舎の令息に過ぎないから。パティさん、馬が好きなんだってね」

「ええ、一人で乗るのはまだできませんが、メイクール国では、よくアルと一緒に馬に乗っていました」

「そうか、それじゃあ、気に入った馬を貸すから、今日はアルと一緒に、楽しんで来なよ」

 フロウは笑顔で言った。


「フロウは、一緒に行かないのですか?」


「俺はまだ仕事が残っているからさ。気にしないで、二人でゆっくり散歩して来て。林道の奥には綺麗な湖があるんだ。ちょっと入り組んだ道だから、説明するよ」


 アルの気持ちを知っているフロウは、気をきかせているのだ。

 説明を聞き終えたアルは、パティと一緒に馬を選び、二人は、フロウにお礼を言って、馬に乗り込んだ。

 

 アルは久しぶりにパティと馬に乗れることを心から嬉しく思った。



 パティと一緒に馬に乗ると、アルは、彼女と旅をしていた頃を思い出していた。

 その時のことを、パティに言う気はないが。

 覚えのない過去を聞かされるのは、気持ちの良いものではないだろう。


 時折、くらの前に乗せたパティの髪が風に靡いてアルの頬に触れたり、少し触れている箇所から伝わるパティの感触や体温に、アルはどきっとした。

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