アルとパティ 学園に通う⑤

 パティは、その場から抜け出し、バルコニーで風に当たっていた。

 

「パティ、ここにいたのか」

 アルが、パティがいなくなったことに気付き、彼女を探し出した。

 探したよ――、とは言わなかったが、パティを見つけた時は、心から安堵した。


「アル……、あの、わたし、慣れないダンスでちょっと疲れてしまって、そろそろ寮に戻ります」

「ああ、それなら、僕も――」

「それは駄目です。アルは、主役みたいなものですから、最後までいてください」

「大丈夫だ、この舞踏会の主役は学生たちだ。僕も、ゲストの一人に過ぎない。送るよ」

 と言って、アルはパティに近付く。

 

「アル、あの……」

 言い淀んでいるパティに、アルは、何?、と、にこやかに次の言葉を待つ。


「アルもセトラも、凄いですよね。わたし、改めて分りました。二人は、わたしとは違う世界の方なんだって……」


「パティ、なぜそんなことをいうんだ?」

 アルは眉を寄せ、神妙な顔をした。


「確かにセトラは凄いよ。沢山勉強をして、グリーンビュー国を支えるに相応しい王女となっている。言葉では尽くせないほど、努力したのだろう」

「そう、ですよね。セトラは本当に、アルに相応しくて……」

「僕を見て、パティ」

 アルは始め、怒っているように強い瞳をしていた。


「僕からしたら、パティ、君だって、セトラに負けないくらいに凄いよ」

「アル? 何を言っているのですか? わたしは、何もできないです。ダンスも下手で、マナーもきちんと身に付いていなくて」


「そんなこと、大したことじゃない。パティ、君はね、誰より輝いているんだ」


 アルの瞳は徐々に柔らかくなっていた。アルはパティの横に立ち、眩しい宝石を見るように言った。


「気付かなかったかな? みんな君を見ていたよ。それにね、大切なことは、ダンスを上手く踊ったり、マナーを完璧にすることじゃない」

 

「……どういうことですか?」

 パティはきょとんとする。

 

「僕は思うんだ。本当に大切なことは、人に思いやりを持って接するということだ。僕は知っているよ。君がクラスの友人たちと楽しそうに話していた時……、パティは輪の中心にいて、その友人たちへ優しさと興味を持って丁寧に接していたことを――」

 アルの蜂蜜色の瞳は柔らかいのに強くて、その言葉は本心なのだとパティは思った。

 

「パティ、自信を持つんだ。君には、皆を惹き付ける魅力があるんだ」

「そんなこと……!」

 それでも、自分を信じきれない不安が体を巡り、否定の言葉となって表れる。


「本当のことだ」

 アルは自信に満ち、落ち着いていた。

 

「着飾った君に注目していたのは男子だけじゃない。女子学生も、うっとりとして、パティを見ていたよ。それにね、パティが笑うと、そこに光が射したように明るく照らされるんだ。パティ、君は、自分で思うよりもずっと、素敵だ。それはセトラも僕も持っていない、君の才能だよ」

 


(アル――)



 ――アルは、光だ。

 わたしを照らしてくれて、明るい太陽の元へ連れ出してくれる、光だ。


 アルの言葉が本当かどうかは分からないけど、わたしはその言葉に救われる。



 パティが考え込んで、ぼんやりとアルの顔を見ていても、アルはにこっと笑んで、パティの全てを肯定して、包み込むように見つめていた。


 少しの沈黙の後、二人は他愛のない会話を交わし、時を共にした。

 アルは時々パティに何か言おうとしたが、日常会話以外にいうことはなかった。


 アルが少し近づいて手を繋ごうとした時、なぜかパティは急に恥ずかしくなって、ぱっとアルから距離を取ろうとした――、が、アルは、素早くパティの腕を取って引き寄せた。


(……え?)

 

「パティ、少し、こうしていていいかな?」

 アルは引き寄せたパティをすっぽりと力強い腕で抱き締めて、訊いた。


「あ、アル……?」 

 パティは顔が熱いのと恥ずかしいのと、どうしたらいいのかわからず、抱き締められながらオロオロとした。


「アル、あの、放してください」

 アルの腕の中で軽いパニックを起こしてパティは言った。

「パティは嫌なのか? 僕にこうされるの……?」


「あ、あの、そうではなくて、アルは、メイクール国の王となる方です。こんなところ誰かに見られたら、相応しい人から声がかからないですし……」


「パティ、それは違う」

 アルはパティの言うことを遮って、ぐっと彼女の肩を掴んだ。

 アルは怒っているように見えて、パティはどきっとした。


「パティ、僕は、僕はね、君と一緒にいるところを誰に見られても構わないし、恋人だと思われたら、むしろ、嬉しいんだ」


 アルは急に大人びた表情になって、顔を近づけた。

「僕は、ずっと……」

 

 そこまで言いかけて、背後から数名の生徒たちがバルコニーに入って来たので、パティは力を込めて、慌てて、アルから距離を取った。


 アルは寂しそうな目になり、「送るよ」と言って、その後は、また取り留めのない会話をした。



 パティは、アルのあの大人びた表情がなぜか頭から離れず、ベッドに入ってからもどきどきが暫く収まらなかった――。





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