アルとパティ 学園に通う④

「アル、華やかな舞踏会の日に、そんな顔をするものじゃないわ」

 

 パティを見失い、焦って彼女を探していたアルの前に現れたのは、グリーンビュー国王女、セトラだ。

「セトラ、ドレス姿、素敵だね。似合っている」

 アルは女性に対する一般的な挨拶のような誉め言葉を口にした。

 

「ねえアル、私と踊ってくださらない? あの頃みたいに――」

「セトラ、悪いけど、今はパティを探していて……」

「アル、大丈夫よ、パティなら、あそこ」

 と言って、セトラは自分の後ろを指す。

 そこには、クラスメイトの女子たちが数名いて、パティは彼女たちに混ざって、楽しそうに談笑していた。


 

「アル、いくらパティが心配でも、少しは彼女を自由にさせないと。パティだってもう大人なのよ」

 アルはセトラに言われ、クラスメイトと談笑をするパティをちらと見る。


 アルがパティに過干渉になるのは、彼女を好きだという他に、元天使だから前のように狙われるのでは――、という理由もある。だがもうパティには翼も天使だった記憶もない。過度に心配する必要などないのだ。


「ああ、分かった、セトラ。少し踊ろうか。昔のように」


 アルはにこ、と笑み、セトラに手を差し出すと、セトラは以前よりも大人びた顔で、アルの手に自分の手を重ねた。 


 二人は二曲を踊り、踊りながら、話をした。

 国の在り方、他国との貿易において何が有益か、今後、どのような産業が伸びていくか、自分たちはどういった王族であれば良いか、等。

 以前のセトラからは考えられないが、セトラはよく学び、政治についてもアルに引けを取らない知識を身に付けていた。

 アルは暫しパティのことは忘れ、セトラとダンスをしながら会話を楽しんだ。


「ねえ、セトラ様とアル様が、踊っているわ」

「アル様は飛び抜けて美しいけれど、セトラ様も、あのダンスの優美さと堂々たる様は、流石だよ」

 二人を見ていた周囲の学生たちからはそのような賞賛の声が飛び交った。


 パティも、二人の様子を自然と見る。


 (本当に、二人はとてもダンスが上手で、目を惹かれる……それにとても似合い)


 パティの胸がずきりと痛んだ。

 

 アルと踊ったのは楽しい。

 けれどアルがいなければパティは何も満足に出来ないような気がして、少し辛くなってしまい、その場を離れた。


 

「舞踏会も中盤となりました。ここで、我らが王女、セトラ様より、ご挨拶を賜ります」


 学生のパーティの場なので、生徒は砕けた物言いで、セトラに膝を付いて深く礼をした。

「さあ、セトラ様、こちらへ」

 男子学生がセトラの手を引き、壇上へと上げる。


「学生の皆様方、楽しいパーティの最中ですが、一つ、申し上げたいことがございます」

 セトラは周囲の生徒たちを見回して大きめの声を出す。



「長い年月の間、我が国の国内の安定は揺るぎのないものでしたが、つい二年ほど前に、この国は魔のものに襲われ、大きな痛手を負いました。その混乱の中、我が父も命を失いました……。ですが、皆様ご存じの通り、グリーンビュー国は、再び、平和を取り戻すことができたのです」

 学生たちから、小さな歓声が上がる。


「そしてその時に、国の危機を救ってくださった英雄の一人が、このメイクール国の王子、アルタイア様です」


 周囲からは、「まさか」、「本当だったの?」等、口々にいう生徒たちの声が聞こえた。

 

「セトラ、もう過去のことだよ」


 セトラを見ていたアルは少し困った顔をしていた。

 

「さあアルも、何かおっしゃって」

 セトラに促され、アルは、仕方ないー、といい、壇上に上がった。


「――この国が魔族に襲われた時、僕も確かにその場にいて、戦いに参戦した。

だが、国が救われたのは、共に戦った仲間たちと、それに……神の、御導きのお陰だ」

 本当は、神が救ってくれたのだが、どうも現実味がないので、アルはそうは言わなかった。

 

「この世界は確かに平和になったが、魔世界からやって来た魔族の中には、大きな力を持つものもあると聞く。今後とも、グリーンビュー国とメイクール国が手を取り合い、互いの国の安定と利益のために助け合って行くことを誓う。セトラ、君はどうかな?」

「ええ、勿論よ、アル」


 二人が握手をして、アルがセトラの手の甲にキスをすると、学生たちは、益々大きな歓声を上げた。


 パティは、二人のやり取りが、何だか自分とは関わりのない、別世界のような気がした。

 生きる世界の異なった、王族の世界だ。



 ――セトラとアルは、誰が見てもお似合いの二人……。

 二人は勉学もダンスも他の学生よりも抜きん出ていて、王族同士、誰がどう見ても、互いに結婚相手として相応しい。セトラはアルを諦めたと言っていたけれど、アルが好きだった……。

 セトラほど、アルに似合いの女性などいない。

 


(わたしは、いつか、アルから離れないといけないんだ)



 パティは、いつの間にか俯いていることに気付かなかった。



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