アルとパティ、学園に通う③

 舞踏会当日――。

 パティはアルの腕に自分の腕を絡ませ、学園の舞踏会会場、ダンスホールへと足を進ませる。

 ヒールはまだ慣れないので、少しぎこちないが、以前の練習のお陰で、何とか見栄えのする歩き方が出来ている。


 生徒たちは、女子はパーティドレス、男子はフォーマル、もしくはセミフォーマルのスーツやタキシード、または軍服を着衣していた。

 パティも以前、セトラに教えてもらった仕立て屋で、この日のためにドレスを作ってもらい、それに袖を通していた。


 パティのドレスは、瞳と同じブルートパーズ色を基調とした白いレースがあしらわれた上品なドレスで、ふわりと揺れるシフォンスカートが可愛らしい。

 女性らしい体つきとなったパティの胸元は少し開けていて、ドレスのスカートの裾から覗く白く細い足にも、周囲の男子生徒たちはどきりとしていた。

 隣でパティと腕を絡ませるアルも、パティの可憐な愛らしさと、透明感のある、吸い込まれそうな美しさに、魅入っていた。

 

 一方パティも、普段とは違う姿のアルに緊張していた。


 アルは、白いシャツに茶系のシンプルなベストの上から、襟元に模様の入った黒い長いコートのようなマントを羽織っていた。

 その格好は王子にしてはシンプルだが、今では長身となったアルを引き立たせ、上品さと精悍さを醸し出しており、女生徒たちは、うっとりとアルを目で追った。


 会場の隅の音楽隊が静かな音楽を奏でていたが、生徒たちがほとんど来場すると、ポップなメロディに変化した。


「――さて、紳士淑女の皆様、もう揃っておいでですね。では、パーティを始めましょう」


 三年生代表の男子生徒が、壇上で周囲を見回して言った。

 同時に、腕を組んでいた男女―、生徒たちが踊り始める。

 軽やかな音楽に乗って、名立たる令嬢令息、中には、パートナーとして連れ立って来た彼らの家族や友人が、談笑をしたりダンスを始める。


 和やかな雰囲気の中、アルとパティも、他の生徒たちに習い、向かい合って手を取る。


「パティ、ゆっくりでいいよ」

 アルがパティをフォローしながら声をかける。


 テンポの早い曲だと、パティは未だに転びそうになるので、気遣っていた。

 パティはアルの優しさが嬉しかったが、胸がどきどきして、煩かった。


 アルの綺麗な蜂蜜色の瞳を見つめていると、パティは気恥ずかしさと安心感と、ふわふわとした気持ちになる。


「……あの、アル」

「パティ、どうしたんだ?」


 演奏の音楽が大きいので、アルはパティに顔を近づける。


「アルはどうして、いつもわたしを助けてくれるのですか?」 


 パティはアルの顔が近づいたので恥ずかしくなって、顔を逸らして言った。

 アルは少し驚いた顔をした。


「パティ、わからない、かな?」

 パティは踊りながら首を僅かに傾げる。

「それは――」


 アルが少し顔を赤らめて、再び口を開こうとすると、丁度曲が終わり、少し離れた場所にいた女子数名が、パタパタと二人の元へとやって来た。


「あ、アル様。次は私と踊ってくださいませ」

「わたくしも!」

「ええ、それなら私も、一曲でいいので、お願いします♡」

 一人が口を開いたのを皮切りに、他の令嬢たちが次々に口を開く。


「君たち、僕にはパートナーがいるんだ。君たちだって、ダンスパートナーが待っているんじゃないのか?」

 アルは少しばかり強めに言ったが、彼女たちは顔を見合わせ、平気な顔をしていた。


「アル様は異国のご出身ですし、舞踏会は初めてだからご存じないのですね。パーティーには形ばかりのカップルも多いのです。お相手がいないのは、恥ずかしいことですから。それに、例え思い合っているカップルであっても、数曲は他の方と踊るのが通例ですよ」

 ぐい、と腕を引っ張られ、アルは二歩ほど歩かされる。


 ちょっと待て、と、流石にアルはきゃぴきゃぴとした彼女たちに注意しようとしたが、

「アル、わたしは大丈夫ですので、踊って来てください。わたしも少し、友人とお話してきます」

 と言って、パティは、見知ったクラスメイトのところへ、ぱっ、と行ってしまった。

「パティ!」


 アルはパティを呼び止めたが、その声は周囲の喧騒もあり、パティの耳には届かなかった。


「さ、行きましょう、アル様!」

 と、更に腕を引っ張る一人の女子生徒。

「ご令嬢方、悪いけれど、今日は大切な人のそばにいたいから――」

 と、アルにしてはいつもよりも低い声で言ったが、彼を取り巻いていた少女たちは、アルの綺麗な社交的な笑みに、ぽうっとなり、腕を放していた。


 アルは急いでパティが行ったと思われるところを探したが、人が多すぎて、分からなくなってしまった。


(パティ、どうして――?)


 普段、学年の違うパティとはほとんどゆっくり会えない。時間を見つけてランチをすることもあるが、いつもではない。



 ――今日はずっとパティと一緒にいられると思っていた……。



 パティが自分から離れてしまったことが、アルは何だか、寂しかった。


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