アルとパティ 学園に通う②

 その令嬢が言ったのは、学園で年に一度行われる、舞踏会のダンスパートナーのことだった。


 その舞踏会には、男女のカップルで行くのが通例で、恋人がいなければ、家族でも、学園に通っていない相手でも良い。

 ともかく、舞踏会のパートナーとして出席することは、公式ではないものの、互い、もしくは、どちらかの思い人である――、という認識を周囲は持つ。


「ええ……。アルには、パートナーには誘われていませんが」

 パティはずいと身を乗り出す女生徒に少し気後れして言った。


「本当に、パティとアル様は何の関係もないのね。それは良かったわ。私、勇気を出して、アル様を誘ってみる!」 


 嬉しそうに言って、女生徒は胸の前で拳を握り、早々に立ち去った。

 パティとセトラは、ぽかんとして、彼女を見送る。

 パティは何だか、複雑な気持ちになった。



「あ、あの、パティさん。俺、アーネス・クライアと言います。突然すみませんが、ずっと、パティさんとお話したくて。あの、舞踏会の、俺のパートナーになってもらえませんか?」


 次の日、隣のクラスの男子生徒が、教室の前の回廊で、顔を赤くしながらパティに言った。手紙も渡されて、パティが差し出されたそれを受け取ると、幼な顔の彼は、凄く幸せそうな顔をした。


「誘ってくださってありがとうございます。でもわたし、ダンスはあまり得意じゃなくて……」

 パティは困ったように言った。


「いえ、いいんです、大丈夫です! 俺がエスコートしますから!」

 アーネスは大声で言い、またも顔を赤らめた。


 こんな風に手紙を渡されたり、パートナーに誘われるのは、パティは初めてではなかった。


 パティはここ数か月の内に、輝くように綺麗になっていた。

 背丈が少し伸び、幼かった顔立ちは大人びて、スタイルも大人の女性のそれへと変化していた。


 一目見れば、声をかけることを躊躇うほど美しいが、パティの可愛らしい笑顔と屈託のない性質に、密かな思いを抱く生徒は多い。


「ごめんなさい。わたしやっぱり……」

 誰に対しても、パティの返事は決まっていた。

 

 ダンスレッスンでも、よく先生やアルの足を踏んでいた。そんなこと、よく知らない人にはできないし、そもそも、ダンスが下手なので、恥ずかしすぎる。

 


 ――だけど、アルだったら、城でよくダンスレッスンに付き合ってくれたので、恥ずかしくない。仲の良いアルとなら、きっと、楽しくダンスが出来る。


 

(アルが誘ってくれたら……)


 とパティは思ったが、アルにはパートナーに誘われていない。

 アルは沢山の女生徒からアピールされているだろうし、ダンスが下手な自分から誘うのは気が引ける。

 それに、自分たちは思い合っている訳ではないので、パティはアルに何も言うつもりはなかった。


 パティが黙っていると、

「パティさん、誘って欲しい人がいるんですね? でも、その人に誘われていないなら、俺でも良くないですか?」


 アーネスはそう言って意外としつこく食い下がり、パティの手を取った。


 そこへ偶然なのか、パティに用があったのか、アルが通りがかって、慌ててパティの傍に寄った。

 アルはパティが男子生徒に手を握られているのを見て、驚いた。


「どうしたんだ、パティ?」


 アルの声は明らかに不機嫌だった。

 そんな感情を表に出すのは、彼には珍しい。


「あ、いえ、ただ、舞踏会のパートナーに誘われていただけで――」


 アルは、パティが掴まれた手を何も言わずに引き離し、じろっとその生徒を見た。

 一年生の男子生徒は異国の王子であり、二年生代表でもあるアルに睨まれ、たじろいだ。


「君、彼女は僕のパートナーなんだ。だからもう諦めてくれ」

「「え?」」

 と、パティと男子生徒の声が揃った。


 誘われていなかったですけれど――、とパティは思った。

 パティと仲が良いと知っていたアーネスは、仕方ない、という態度で、わかりました、と言ってようやく諦めてくれた。


「あの、アル、わたし、あなたに誘われてなかったです。わたしと踊ってくれるつもりなら、どうして言ってくれなかったのですか?」


 アーネスが去って行くと、パティはアルに訊ねる。


「え? パティ、僕は始めから君とパートナーになるつもりだったよ。君もそうじゃなかったのか?」

 まるで当たり前のようにアルは言った。


「それは、アルに誘われたらそうしようって思っていましたけど、アルは何も言ってくれないから、わかりませんでした」

 パティは、ちょっと怒って、頬を少し膨らませ、ふい、と後ろ向きになった。


 アルは、すっと、素早くパティの後ろに回り込むと、

「あ、そうか。ごめん、パティ」

 そう言ってアルはパティの頭を撫でた。

 パティは、何だかくすぐったいような気持ちになって、アルを見上げる。


「分かったよ、パティ。これからはちゃんと言葉にする。改めて、お願いするよ。パティ、舞踏会の、僕のパートナーになってくれないか?」


 アルは甘い蜂蜜色の瞳でじっとパティを見つめ、片膝を付いて、手を差し出した。


 いつの間にか随分と背が高くなったアルは、膝をついたので彼が見上げて来て、いつもは見ることのない上目遣いの瞳と、美しいアルの所作が華麗で大人びていて、パティはどきっとした。


 アルは益々素敵になった、とパティは思った。

 パティは、はい、と言って笑顔を向け、アルの手の平に、自分の手をそっと重ねた。




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