VS鎧武者Ⅱ
――警戒して距離を取ったか。
けれど、鎧武者が取った距離程度なら、千沙子は簡単に詰めることが出来た。
そしてそのまま、鎧武者の目を狙うかのように、刀を付き出す。
『――ッ、』
だがその事に対して、鎧武者は驚いたような表情を見せるが、それも一瞬のことで、すぐさま対応する辺り、その身に染み着いた経験というものがあるのだろう。
「とっさに距離を取ったことについてはさすがとしか言いようがないけど、こっちもそれなりに経験は積んでいるんでね!!」
二人の持つ刀がぶつかり合う。
その様子を少し離れた場所で見ていた少年は、ぽつりと呟く。
「何で……」
不思議なことに、こんな騒動が起きているにも関わらず、周囲の人々が気にする様子は無かった。
当然の疑問を口にする少年に、千沙子から任された人形はその理由を知りながらも、視線を横目で向けるだけで答えようとはしない。
この先も千沙子と自分、怪異と関わるか、それとも単に今回は巻き込まれただけになるのか――それだけでも、答え方が変わるからである。
(まあ、どちらにしろ答えてやる義理もないけど)
自分たちを含め、様々なことに巻き込まれ、かなりの場数を踏むことになってしまった
むしろ、下手に話し、巻き込めば、千沙子の足を引っ張りかねない。
『――グッ!!』
千沙子の連撃に、鎧武者が声を洩らす。
「あれ、もう限界?」
千沙子がわざとらしく告げれば、それを聞いた人形は溜め息を吐きたくなった。
「まあ、薄々気づいてはいるだろうけど」
少しだけ鎧武者の動き方が変わったタイミングがあった。
おそらく、その時に千沙子の持つ刀の特徴に、何となくでも気づき始めたんだろう。
だから、全てを言わなくても、何を示しているのかなど、ただ見守ることしかできない少年以外は理解していた。
『――』
故に、鎧武者は考える。どうすればこちらに流れを戻せるのかを。
それまでこちらが有利なはずだったのに、少なくとも流れが変わったのは、目の前の少女が来てからだ。
普通の少年少女からは感じない、異様な気配。
だからこそ、鎧武者はひたすら考え、動くのだ。まあ全て――余裕があれば、の話だが。
『――ッツ!!』
「私の勝ち」
鎧武者の刀を遠くに弾き返し、千沙子はそう告げる。
「私に対する思考は構わないけど、勝負に関係ないことを考え始めた時点で、貴方の負けだよ」
確かに、その通りなのかもしれない。
余裕がなかったのに勝負の方ではなく、目の前の少女の正体について考えてしまったことが、間違いだったんだろう――が。
『侍ハまだ、何本モ刀ヲ持っているものダ!!』
「ようやく、話したね」
鎧武者がまだ持っていた刀を抜刀し、千沙子へと斬りかかろうとする。
「
それを見た少年が再び声を上げるが、千沙子はその場から動かず、鎧武者へと目を向けたまま――告げる。
「何だ。まだ理解してなかったのか」
その声は、明らかな落胆。
「まあ、刀だけで戦っていたからね。それも仕方ないか」
でも、鎧武者は気づくべきだった。
千沙子の持つ刀の能力だけではなく、それ以外のことについても。
『グググ……イ、ト』
「うん、正解」
結論を言うと、鎧武者の刀は千沙子に届かなかった。
その理由としては、無数の糸が鎧武者の動きを封じていたからであり、故に、鎧武者は刀を振り下ろす直前で止めたかのような形で、固まっていた。
「ずっと、そこにいる少年が呼んでいたでしょ?」
桐嶋、と。
「どれだけ長くこの場に留まっているのかは知らないけど、我が家のことについて、貴方が知らない上に気付かないはずがない」
『……』
「沈黙は肯定と受けとるけどいい?」
『……人形遣イ』
鎧武者の絞り出すかのような、言いたくなかったと言いたげな言動に、千沙子は笑みを浮かべる。
「分かっていながら、ここで騒動を起こしたわけだ」
『貴様ラ人間ニ、分かるはずガない! あれガどんなニ――』
「知るわけねーだろ」
鎧武者の言葉を全て聞き終わる前に、千沙子は一蹴した。
鎧武者の持論などどうでもいい。千沙子の役目は、街で暴れ、人々に迷惑を掛ける
「それが、どれだけ貴方にとって大切な物であっても、他者にとって大切とは限らないんだよ」
『……』
「探し物に対して、貴方と共通認識のある人ならともかく、それがどういうものなのかなんて、知らない人の方が圧倒的に多いんだからさ」
共通認識として知られているものなら、情報を集められたのかもしれない。
でも、事実として分かっているのは、鎧武者が何かを探していることだけであって、何を探しているのかは不明な点。
「契約術式を警戒するのは仕方ない。だから、そのためだろうが何だろうが、急いで探していたことは責めるつもりはない。でも、手伝うと言った人にいきなり斬りかかるのはどうかと思うんだよ、私は」
千沙子にだって、ずっと探してる物はあるし、早く見つけたいという気持ちも分からなくはない。
けれど、その過程で人に迷惑をかけてはいけない。
手伝うと言ってくれた人に斬りかかるなんて真似は、してはいけなかった。
「もし、それらしき物を見つけたら、呼ぶなり何なりするように言うか示すように伝えれば良かった」
でも、鎧武者はそれをしなかった。
おそらく――声も言葉も届かないから。届く人が、限られているから。
「声が無理なら、どうしてその体を使おうとしない? 貴方はまだ、自由に使える体を認識してもらえてるというのに」
『……』
けれど、その考えが抜け落ちるほどに、鎧武者にとって、その探し物は大切なもので、下手に他者に触れさせることなく、早く見つけたかったんだろう。
「そう考えると、姿すらも捉えてもらえない人たちよりは比較的マシなのだと思えない?」
鎧武者と同じような存在を、千沙子は何回も見てきた。
けれど、その中でも彼女は自身の経験から鎧武者は比較的マシな方だと考えていた。故に、斬りかかる点さえなければ、ほぼ無害だと判断していたので、祓う・祓わないの判断については、探し物の影響次第ということも決めていた。
「――まあ、姿が見えないよりは、あった方が入れるところもあるわけだしね」
ぺしっと、千沙子は鎧武者に向けて小冊子を投げつける。
「それは、私からの『情報』」
その小冊子を拾い上げた鎧武者がペラペラと中身を見るのを見ながら、千沙子はそう告げる。
「そこにも無かったら、私としてはもうどうすることも出来ないし、もし見つかったとしても、探し物が貴方を悪しき方へ強化した場合は、悪いけど祓わさせてもらうから」
だから、良くも悪くも、見過ごすのは今この瞬間までだ。
「だから、覚えておきなさい。『桐嶋の地』で何かしでかせば、私が貴方を斬ると」
『……』
――次は無いと思え。
鎧武者にも、千沙子の言葉の意味は届いていた。
けれど、鎧武者の中のプライドが、その口を動かさせた。
『……情けか』
「まさか」
鎧武者の言葉に、千沙子は即答して返す。
「貴方は探し物をしていただけ。私はその過程で手伝うと言った人に斬りかかったのが、問題と捉えた上で、探し物の影響次第では貴方を祓う。そう説明したはずなんだけど?」
これのどこに「情けがある」と判断したのか、千沙子には分からなかった。
「まあ、ご希望なら、今すぐ祓ってあげてもいいけど」
そのための準備はしてきてあるから、不可能ではない。
同じことを何度も言わせるな――暗にその事を示しつつ、千沙子はその目を鎧武者に向ける。
『……そうか』
ようやく理解してもらえたのか、鎧武者の中で考えが纏まったのかは不明だが、鎧武者の気が落ち着いたことを確認した千沙子も、纏っていた気を解除する。
「一応、言っておくと、『桐嶋の地』の中なら、私が対応してあげられる。それ以外だと、容赦なく祓われるだろうから、気をつけなさい」
そう言われると、どうしても情けがあると捉えられるのだが、同じことを言ったところで、この少女は
「まあ、無事に探し物が見つかることを祈ってるから」
『申し訳ない』
そう言って、去ろうとした鎧武者の動きが止まる。
『……君も、探し物が見つかるといいな』
それだけ告げると、鎧武者は完全に姿を消した。千沙子の返事を聞くことなく。
「――桐嶋」
呼び掛けられ、千沙子はそちらに目を向ける。
「あれ、副会長。まだ居たんだ」
「勝手に帰れるわけがないだろ……」
こいつも返さないと駄目だったし、と副会長はマリアを千沙子へと差し出す。
「そうだね」
ごめんねとお帰り、という気持ちを込めて、千沙子はマリアの頭を撫でる。
「それで、その……」
「何」
言い淀む副会長に、千沙子がさっさと家みたいなオーラを放ちながら返す。
「さっきみたいなことは……」
「言いたいことは、はっきり言ってもらえる?」
「だから、さっきみたいに、あんな奴みたいなのと戦ってるのかって……」
つまり、
「そうだね。そんなに頻繁じゃないけど」
「……そうか」
「そして、君が気にするようなことじゃない」
「……けどなぁ」
「言っておくけど、こういうことしてるのは私だけじゃないから」
そもそも千沙子だけなら過労死しかねない。
他にも似たようなことをしている人たちが居るからこそ、千沙子はこの地での活動だけで助かっているのだ。
「だから、君は気にせず、高校生活を過ごしなよ」
「だが、それだと桐嶋も過ごせないだろ」
「私はこれでも楽しんでいるので、問題ないよ」
これでも、千沙子は千沙子なりに楽しんでいたりする。友人だけではなく、後輩まで出来たのだから。
「まあ、でも……そういうのに遭遇したら、相談には乗るよ」
そういう類のもので困っているのなら、千沙子は手を差し伸べないわけではない。
「それじゃ、もう遅いし、私は帰るね」
「あ、ああ……」
戸惑う副会長を余所に、千沙子は帰宅するために歩き出す。
『……いいの? 記憶を消さなくて』
「副会長なら大丈夫でしょ。もし話したところで、信じないだろうし」
『みんなが認識してる鎧武者なのに?』
「相手が何であれ、私が戦ったなんて、誰も信じないよ」
それこそ、同業者でもない限り――と、千沙子はマリアと話しながら、歩いていく。
「それに、副会長は
確かにマリアの言う通り、口止めなどもしなかったが、誰かにあっさりと話してしまうような口の軽さがあるとは思えない。
もし懸念している通り、彼に口の軽さがあったとしても、周囲の人たちは信じないだろう。
たとえ信じたとしてもそれは表面上だけで、信じていなかった存在の衝撃と混乱のしすぎて、千沙子と誰かを間違えたのではないのかと思われるのがオチだ。
『……まあ、
そんなことを二人で話していれば、自宅へと到着したのだが、時刻が夜ということもあり、小声で「ただいまー」と告げると、すぐさま自室へと向かうのだった。
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