手芸部の一角にて


 以前、先輩に「『オカルト研究会』なのに、何も……呪いの研究みたいなことは、やらないんですか?」と尋ねたことがある。

 すると先輩は「別に出来ないことはないんだけどね」と前置きして、続ける。


「でも、魔術や呪いというのは、普通の人間には見えないものだし、それが成功しているのか、いないのかも不明だよね?」

「まあ、そうですね」

「もし勝手に行い、失敗だと判断しても、実は成功していて呪われていた――そんなことになっていたら、周囲にも迷惑が掛かるでしょ?」


 だから、可能であっても行わない――それが先輩の方針らしい。


「まあ、そういう目的で来た子たちには申し訳ないけどね」


 本を読みながら、先輩は申し訳なさそうにそう告げていた。


   ☆★☆   


 僕たち『オカルト研究会』――通称・オカ研には、きちんとした部室のようなものはない。

 では、どこで活動しているのかと言えば、手芸部の一角である。

 手芸部の部室――つまり、被服・家庭科室なので、裁縫道具とかいろいろなものがあるわけだけど、オカ研のものが置かれている様子はない。

 先輩の言っていた『周囲にも迷惑が掛かる』ことになりかねないからなのだろう。悪ふざけで使われては、こちらとしても困るので、まあその辺に置かれるよりはマシなのではないのだろうか。


「そういえば、何で手芸部だったんですか?」


 人形製作を進める先輩に尋ねる。

 間借りするのなら、他の場所でも良かったのではないのだろうか。


「別にこれといった理由が無い……と言ったら嘘にはなるけど、これが原因かな?」


 作りかけの人形を見せられる。

 今、先輩の手にあるのは、彼女がいつも作っている精巧に近い人形ではなく、フェルトで作る可愛らしい人形である。


「部長さんに、こんなのが作れるのなら一緒に入らないかって言われてね。でも私が渋ってたから、オカ研として一部を間借りさせてもらう代わりに、時々協力するって条件になったんだよね」

「そうだったんですか」


 そのため、文化祭とかの衣装製作とかには駆り出されたりするんだとか。

 入る場所間違えたかな、とか思わないわけでもないけど、今さら他の部とかに行こうとも思えないわけで。


「ああ、皐月さつき君」

「何ですか?」

「まだ話すつもりなら、手芸の子たちと一緒にいた方がいいよ」


 先輩が何のつもりでそう言ったのかは分からないけど、何かを察知してそう言ってくれているのだとしたら、従っておいた方がいいのだろう。


「おい」

「おや、誰かと思えば、生徒会副会長様じゃないか」


 何てことないように、先輩が来訪者に目を向ける。

 先輩が手芸部の人たちと一緒にいるように言ったのは、副会長が来ることに気付いたから……なんだろうけど。


「おや、じゃないだろうが。そもそも、俺が来た理由、分からないはずないだろ?」

「ふむ……何のご用かな。私には思い当たらないんだけど」

「……場所を占拠するなと、前も言ったはずだが?」


 そうやり取りする二人を見ていれば、様子を見ながらこっそり近寄ってきた手芸部の人曰く、どうやら副会長はオカ研が手芸部の一部を使っていることが気に入らないらしい。

 だから、廊下側から先輩が何かしてるのが見えると、こうしてやって来るらしい――のだが。


桐嶋きりしまさん、何だかんだで手芸部の活動してくれてるから、ぶっちゃけオカ研というよりは、手芸部員同然なんだけどね~」


 これは手芸部の先輩方の意見。

 ちなみに『桐嶋』とは先輩の名字である。


「それに、彼は単にオカルトとか信じたくないタイプの人間でもあるみたいだから、間借りとかを口実にして文句言いに来てるだけだし」


 世界は広く、人も多く。それ故に、不可思議なことが起こってもおかしくないというのに、そういうものを認められない人種というのは一定数いるもので、どうやら我が校の副会長もその類いの人間らしい。


「まあ、私たちは、好きな子をいじめる男子の図としても見ているけど」

「……」


 「だってその方が、嫌な場面に見えないでしょ?」と精神衛生的なことを付け加えられてしまえば、何とも言えなくなってしまう。

 とりあえず、「うわぁ……」と、思わず思ったことは何とか口に出さずに済んだ。


「それに、同好会扱いするにしても、オカ研の人数問題は片付いてないわけだから、表向きは手芸部部室わたしたちのところを間借りしてるなんてことになってるんだけどねぇ~」

「人数」

「そ。同好会は最低でも二人以上。君が来るまでは桐嶋さん一人だったから、申請しても受理されることは無かったんだよね」


 でも、僕が来たことで申請すれば受理されるんだろうけど――現状、申請している様子はない。僕が知る限りでは・・・・・・・・


「大体、二人になったのであれば、同好会申請しに来ればいいだろうが。それなのに、いつまで手芸部の一部を間借りするつもりだ」


 それはきっと、手芸部の人たちも思っていたこと。

 二人になれば同好会としては活動可能になるのに、何故申請もせずに、間借りなんてしているのか。


「じゃあ聞くけど――この学校に、たった二人のために割く部室などあるの?」

「――っ、」

「仮に申請して、受理されたとして。でも、部屋の確保がいつになるのか分からないのであれば、このまま一部を間借りさせてもらう方がまだマシだよね?」


 あ、いつもの目・・・・・だ――先輩の、どこか遠くを見ているような、相手の考え等を見透かすような、そんな目。


「答えられないのであれば、これで話は終わり。もし次に話すのなら、割ける部屋が出来てからにして」

「……」


 無言で被服・家庭科室から去っていく副会長がどこか可哀想な気もするが、正直、先輩の言い分も間違ってないのが、何とも言えない。

 この先、後輩ができるかどうかも分からないのに、実績が無いものを残しておく理由なんて、あるわけがない。


「みんな、いつもごめんね」


 先輩は僕が来るまで、いつもこうして謝っていたんだろうか。

 手芸部の人たちは慣れた様子で気にしないでと口にしているが、気にしない方が無理だ。


「あ、もうこんな時間か」

「……」

「本当に気にしなくていいから」


 聞こえてきたチャイムに反応した手芸部員の言葉に、申し訳なさそうにする先輩。


「あぁ、そうだ。迷惑掛けてるついでに一つ聞きたいんだけど」

「何?」


 そして、先輩が聞いたのは、やっぱりと言うか、『鎧武者』のことだった。


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