鎧武者

僕の先輩


 僕には、それなりに親しくしている『先輩』がいる。

 肩口までの黒髪に、こちらを見透かすような黒目。

 一見いっけんすると普通に見えるが、どこか独特な雰囲気を持った人だ。


「こんにちは」

「こんにちは……?」


 だから最初はどんな目的を持って、声を掛けてきたのかは分からない。

 ただ、挨拶をしてきたのかもしれない。


「いきなりで悪いけど、オカルトとかに興味ない?」

「いえ、ありませんけど……」

「だよね」


 まるで分かっていたとばかりの言い方に、じゃあ何で聞いてきたのかと、逆に聞きたくなる。


「変なこと聞いてごめんね。それじゃ、気をつけて帰りなよ」

「……」


 確かに帰ろうとはしていたのだが、僕が居たのは昇降口ではなく、そこに繋がる廊下の一つである。

 だから、部活とかのその他ではなく、何故そう言ってきたのかは疑問だったのだが――その時はあまり気にせず、帰宅したのだった。


   ☆★☆   


「先輩、帰らないんですか」


 手芸部の一部を間借りした、自称・オカルト研究会――通称:オカ研。

 学校非公認な研究会の会員は、先輩と僕の二名。

 ちなみに、僕がオカ研にいる理由は、紆余曲折を経たからである。


「私のことなんて気にせず、君は帰ればいいじゃない」

「いや、確かにそうなんですけど……」


 けれど、そう出来ない理由もあって。


「先輩に何かあると、こっちも困るんですよ。最近、この辺りに鎧武者が出るって噂なのに……」

「鎧武者……?」


 しまったと思っても、もう遅い。

 詳しく教えてくれとばかりに目を向けられる。


 『鎧武者』――出所でどころは不明だが、ここ最近、校内だけではなくこの辺一帯で一番噂されているだろう事象うわさである。

 鎧兜を身に着け、街中を徘徊するソレ・・は、見かけた人や近くを通りかかった人曰く「どこだどこだ……」と呟いていたらしい。

 時折、「何を探しているんですか?」と声を掛ける者もいるが、持っている刀を抜いて襲われそうになったらしいものの、それに関わらず、思わず目線を逸らしたりしていると、その鎧武者がいなくなっていたという。


「……らしいです」

「ふーん……」

「だから、早く帰りましょうよ」


 ぶっちゃけ、自分は遭遇したくないし、先輩にも危ない目には遭ってほしくないので帰ろうと促すが、先輩は何か考え込んでいる様子で、席を立つ気配がない。


「――まさか、ね」


 その呟きを除いては。


 そもそも、この先輩は不思議な人である。

 いつもは本を読んだり、人形を作ったりしているのだが(これに関しては手芸部を間借りしているからだろうが)、時折、何かを考え込んだり、別の何かを見ているような目をすることがある。


「とりあえず、皐月さつき君も心配してくれていることだし、今日のところは帰ることにしようかな」


 ようやく、その重い腰を上げた先輩が、帰宅準備に取り掛かる。


「その人形、持って帰るんですか」

「ああ、これ? 早く完成させたいからね」


 先輩が鞄の中へとしまったものが目に入り、思わず聞けば、笑顔でそう返された。

 先輩の作る『人形』は人形でも――ぬいぐるみとかではなく、フランス人形とかのそっち方面の人形に近い。


「……」


 何となく目があったような気がして、思わず逸らしてしまう。


「それじゃ、帰ろうか」


 先輩の言葉と共に、手芸部の部室を出る。

 部室の鍵は後で先生が施錠しに来るらしく、そのままでいいらしい。


「そういえば」


 昇降口で靴を履き替えていれば、先輩が思い出したように口にする。


「噂の『鎧武者』は、どの辺りで見られているのかな?」

「えっ」


 まさか見に行くつもりじゃないだろうな、と警戒すれば、こちらの内心を察したのか、「違う違う」と返される。


「位置次第では、登下校時に通らざるを得ないでしょう?」


 そう説明されて、納得する。

 確かに、家が噂の方面にある人たちは、いやでも向かわないといけなくなる。

 けれど――


「すみません、僕も詳しくは……」


 僕も噂を聞いただけで、そこまでこの話に詳しいわけではないので、先輩の問いには答えられない。


「いや、別にいいよ。通学路がそうじゃないことを願うだけだし」

「それもそうですね」


 何も遭遇しないことは、面倒なことに巻き込まれるより、何倍もマシなはずだ。


「それじゃ、気を付けなよ」

「先輩も気をつけてくださいね」


 それぞれの家へと帰るための分岐点。

 そこでそう挨拶して、先輩と別れる。


「……」


 少し気になって、後ろを振り向けば、相変わらず真意の読めない目が、こちらに向けられていた。

 そして、僕が見ていることに気づいたのか、笑みを浮かべて、手を振ってくる。


 先輩は――彼女は、一体何者なんだろうか。


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