人形たちは踊る~オカルト研究会は人形と舞う~

夕闇 夜桜

すべての始まり

プロローグ:真実を知るのは、人形のみ


 ある日、一つの人形がとある家にやって来た。

 『桐嶋キリシマ家』という、その土地ではそれなりに名の知れた家ではあるのだが、そこの当主が海外からのお土産と称して持ち帰ってきたのが、その人形だった。


 ――まあ、その人形というのは、私なんだけども。


 金髪に白い肌。多くのフリルが付いたドレスのような服。

 どうやら、私は『フランス人形』という人形らしいが、その中でも、ただ飾られるだけの人形ではないのが、『私』という人形の特性だったのかもしれない。


 さて、私が来たこの『桐嶋家』だが、この家、本当に人の出入りが多い。

 この家の人たちや使用人だけではなく、嫁入り・婿入りで来た人たち、商売をしているときは商談相手だったり……と、本当に多くの人間たちが出入りした。


 ――人間は年を取るが、人形は年を取らない。


 そのせいで、見たくもないいろんな人間たちの黒い部分も見ることもあった。

 どこからか言い争う声が聞こえれば、「ああ、またか」と思える程度には、私がこの家で過ごす年月も増え、いつしかそういう光景にも慣れてしまった。


 そんな私にも、友人と言える人形がいる。

 彼女の名前は『キク』、『お菊人形』という肩口まである黒髪の人形である。

 私が来る前からこの家に居る彼女は、いろんなことを教えてくれる先輩でもあった。


『私って、結構怖い部類に入るらしいのに、この家の人って物好きだよねー』


 と本人は笑って話していたが、私は笑えない。

 暗いときに彼女を見て、一度驚いたことはあるが、それきりだ。

 怖い部類というのなら、私も入ってもおかしくない見た目をしている自負はある。


   ☆★☆


「マリア、宿題終わったから遊ぼ!」


 小さな少女が、私の前までやって来た。

 家の人間たちからは『お嬢様』だったり、『ちーちゃん』と呼ばれている彼女は『桐嶋千沙子チサコ』といい、私に『マリア』という名前を付けて、そう呼ぶ少女である。


「菊ちゃんも一緒ね」


 そう言って、菊に声を掛けることも忘れないチーちゃん・・・・・

 私と違い、そう簡単に移動させることができない菊の前に座り、チーちゃんは私を抱いて、共に遊ぶ・・・・


 ――いつか飽きるし、こんなことも無くなる。


 私も菊もそう思っていたが、チーちゃんは……千沙子は私たちと遊ぶことを止めることはせず、気付けば、彼女個人の部屋に移された。


『当主も当主だけど、この子もこの子だわ……』


 「よくもまあ、怖いと言われる人形たちを自室に持ち込もうと思ったわね」と菊が呆れたように言う。

 以前、一度私が修理に出されたことがあり、「貴女がいないとき、大変だったんだから」と戻ってきた時に教えられた。


『愛されてるわね』


 そう菊にからかい混じりに言われたが、戻ってきて早々、よほど寂しかったのか、チーちゃんに抱き抱えられて寝られた時は、さすがにどうかと思ったけども。

 大切にされるのは嬉しいけど、友人を招いた際に何か言われないだろうか。


『まあ、その時はその時でしょう。私たちは普段通りにしていればいいのよ』

『それもそうね』


 そう返し、二人でこの小さな主に目を向ける。


 ――チーちゃん……千沙子が、私たちに見向きしなくなるその時まで、彼女を見守ろう。


 そう思っていた。あの時・・・までは。


   ☆★☆   


 ――熱い、痛い。


 目の前が赤い。

 あちこちから熱さを感じる。


『火事みたいね』


 菊が淡々と告げる。

 移動できない私たちにとって、この状況は危険なはずなのに、菊は続ける。


『私たちだって、いつか壊れたりするんだし、それが今ってことなんでしょ』

『それは……』


 私たちは人形だ。

 人間のように、自由に移動することもできなければ、こういう危機から逃れることも出来ない。


『千沙子は無事かな』

『そうね。あの子が無事なら……』

「菊、マリア!」


 菊の声は、横からの声に遮られた。

 「どうして、ここに」「逃げたんじゃなかったのか」と思いながら、私たちを見つけ、どうやって運び出そうと考える千沙子に、菊と共にぎょっとする。


『この子、バカなの?』


 彼女に声が聞こえないことをいいことに、菊が告げる。

 私たちは、この子が生きてくれているだけでいいというのに。


「二人がいないのは嫌だからね」


 まるで――まるで、こちらが言ってることが聞こえているかのように、千沙子は告げる。

 最悪、どちらかを見捨てなければならないのだが、彼女の中には『どちらかを諦める』と言う意志は無いらしい。

 でもそれでは、みんな揃って逃げ遅れてしまうだろうし、現に千沙子の命を奪いかねない。


『――本当、バカだよね』


 嬉しいような、悲しいような。そんな感情の籠った声色で、菊が告げる。


「けほっ、ゴホッ」


 私たちを連れ、自室を出た千沙子がせながらも、外への道を進む。

 そんな様子を見て、人間にとって、やはりこの状況は辛いのだと理解する。


 ――私たちはどうなってもいい。だから、神様。この子を……


 居るのかどうかも分からない『神様』という存在に、千沙子の無事を祈る。


「――あ」


 逃げることに精一杯で、足元の注意がおろそかになっていたんだろう千沙子が転ぶ。

 そんな彼女に抱えられていた私たちは、結構強めに床にぶつかることになった。


「っ、」

『……』

『……』


 熱いし痛いはずなのに、千沙子はそんなこと一度も口にせず出口を探すが、火の海となった周囲からはそう簡単に出られそうにない。

 そんな不安からか、千沙子の私たちを抱き締める腕の力が強くなる。


「大丈夫。誰か助けに来てくれる」

『……』

「マリアや菊も一緒だから。私は一人じゃない」


 千沙子は笑顔を浮かべているが、どこか辛そうだ。


 ――一体、千沙子はどれだけの時間、この屋敷内に居るんだろうか。


 この屋敷が広いのは知っている。

 だが、千沙子がどれだけ足を動かしても、火が遮って、外には辿り着けない。

 そして、私たちはやっぱりそんな彼女を見ていることしか出来ない。


「……」

『……』

『……』


 ついに誰も喋らなくなり、千沙子が歩く音と周囲の燃える音だけが耳に届く。

 ただ、それだけなんだと思っていた――千沙子が再び倒れるまでは。


『千沙子!?』

『限界が来たようね』

『限界……』


 千沙子を見上げるが、小さくなっていく呼吸音しか聞こえない。


 ――嫌だ、嫌だ。


 一緒に遊んでくれた『友人』を失うのは嫌だ。


『菊』

『ここまでかもね』

『……っ、』


 諦めているかのような菊の言葉に、何も言えない。私の中に、この状況をどうにかするアイディアが一つもないからだろう。

 私たちはどうなってもいいが、千沙子だけは助けてほしい――それが最初の願いだったのに、それすらも叶わなくなっている。


 ――どうする、どうする、どうする。考えろ、考えろ、考えろ……!!


 無い頭で考える。

 私たちは意志が宿った人形だ。それでもきっと、出来ることはあるはず。

 小さな私たちでは、千沙子の体すべてを覆うことなんて出来ないし……


『あ、そうだ』


 何とか千沙子の弱まった腕を抜け出し、彼女の顔の方に向かう。


『マリア?』

『千沙子に、悪い空気さえ入らなければいいはずだから……!』


 私の全身を使って、彼女の鼻と口を覆う。

 ちょっとだけ呼吸できるように、力強くしがみつくような真似だけはしない。


『……マリアは』

『え』

『マリアは、自分が犠牲になっても、千沙子が無事ならいいのよね』

『何を、言ってるの……?』


 菊の確認じみた言葉に、戸惑う。

 一体、彼女は何を言っているんだろうか。


『私は最悪どうなってもいいけど、千沙子と菊には無事でいてほしいよ』

『まあ、貴女はそう言うわよね』


 やはり確認だったみたいだし、私の言うことも予想済みだったらしい。


『このままだと千沙子は死ぬわ』

『――ッツ!!』


 言葉にしないようにしていたことを、突きつけられた。

 そうならないようにどうするべきなのか考えて、実行してみてはいるが、これが効果あるのかどうかなんて分からない。


『だったら、菊も何かやってよ!』


 完全に八つ当たりである。

 火事の中、喧嘩している場合ではないというのに。


「――もちろん」

『え?』


 聞こえるはずの無い声が聞こえ、千沙子の顔から落ちかけた私を、彼女の腕に・・・・・受け止められる。

 そもそも、倒れていたはずの千沙子が返事をするとか、私を受け止めるとか出来るはずないのに……と思いながら、どうしてという疑問とともに彼女の顔に目を向ける。


「それじゃ、逃げるよ。マリア」

『――あ』


 思わず、情けない声を出してしまう。

 だって、その目は千沙子のものではなかったから。


『菊、は……』


 思わず、その場に置かれた菊に、目を向ける。

 その場で倒れたままの、菊。


菊は・・ここまで。ここから先は二人だよ」


 違う、彼女は――


『ねぇ、き――』

「違うよ、マリア。――私のことは、『千沙子ちさこ』でしょう?」


 そう告げられ、察した。

 人形の声など聞こえないはずの千沙子が返事をしている時点で、そういうこと・・・・・・なんだろう。


 その後、私たちは何とか屋敷を抜け出した。

 心配していたんだろう千沙子の家族には無事を喜ばれ、肝心の千沙子はというと病院で検査を受けることになった。


「ごめんなさいね。お嬢様が呼んでいるから、一緒に来てもらえるかな」


 千沙子付きの、これまた私たちのことが大丈夫な使用人の一人が、病室にいる千沙子の元まで私を連れていった。


「久しぶり、マリア」

『……』


 笑みを浮かべる千沙子に返事出来なかったのは、私の中でまだ戸惑いがあるからなのだろう。


「私、貴女に会いたかったの」

『……私は、どうすればいいのか分からない』


 『彼女・・』が『彼女・・』だからなのかは分からない。

 でも、どう反応するべきなのかも、どう声を掛けるべきなのかも分からないのも事実だ。


「そのままでいいよ。私が勝手に話しかけるから」


 それは……どうなのだろうか。

 普通、人形は人間に会話どころか反応したりしない。

 故に端から見て、千沙子が人形と話したり、友達なんだと告げれば、心配されたり、いじめられたりするかもしれない。


 ――まあ、中身が中身だから、大丈夫なんだろうけど。


 人と人形では、出来ることも出来ないこともガラッと変わる。

 千沙子の家族も、彼女の雰囲気が変わったことについては気付いているんだろうが、どうやら火事のせいだと思っているらしい。

 血が繋がっているはずの家族ですら気付けないのだ。彼女の『違和感』に気付く人間はいるんだろうか?


 今後、千沙子も他の人たちのように、誰かと結ばれ、子供が出来ることになるんだろう。

 けれど、その中身については――きっと後にも先にも、この真実を知るのは、私だけだ。


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