第35話 それはね、快斗君が壊れちゃってるからだよ
「快斗君、今日は買い物に付き合ってくれてありがとう」
「エレンの役に立ったなら何よりだよ……どうせ予定なんて何も無かったしな」
あの後、俺はエレンに付き合って欲しいと頼まれて家の近くにあるショッピングモールに2人で来ていた。病気の療養で学校を休んでいる身の俺には、基本的に通院以外の用事なんてない。
日曜日という事もあってショッピングモール内の人口はかなり多く、歩くだけでかなり疲れてしまったため今はカフェで休憩中だ。
俺達はホットコーヒーを飲みながら雑談してくつろいでいたわけだが、何かに気付いたエレンが声をあげる。
「……ねえ、快斗君。あれって雪奈さんじゃない?」
エレンが指差す方向を見るとそこには首元に赤いマフラーを巻いた 175cmくらい身長のある女性が向かいの店の前に立っていた。
距離があったため顔がよく見えないが、俺がプレゼントとして貰ったマフラーの色違いをつけていた事を考えると、間違いなく雪姉だろう。
だがなぜこのショッピングモールに来ているのだろうか。横浜からわざわざ遊びに来るような場所ではないと思うのだが。
そう思いつつも、今一番会いたいと思っていた雪姉がすぐ近くにいるため俺は居ても立っても居られなくなってしまう。
一刻も早く雪姉にあの日の事を謝らなければならない。だが席から立ちあがろうとしたところをエレンによって制止される。
「快斗君ちょっと待って。雪奈さん、誰かと待ち合わせしてるような雰囲気に見えるよ」
「……本当だ」
完全に周りが見えなくなってしまっていた俺だったが、エレンの言葉によって少しだけ冷静さを取り戻した。
雪姉は東京の大学に通っているため都内にも友人はいるはずだ。だから今日はきっとこれから友人と会う約束でもあるのだろう。
そんな事を考えていると雪姉に近付く人物が現れたのだが、その姿を見て俺は思わず声をあげそうになる。
なんと雪姉の前に現れたのは俺が世界で一番憎いと思っている男であるアランだったのだ。アランは雪姉に近付くと首に手を回してキスをする。
そんな光景を目の当たりにしてしまった俺は猛烈に気分が悪くなってしまう……という事には全くならなかった。
千束の時や佐伯さんの時、水瀬さんの時、姫宮先生の時、ヒカルの時のような深い絶望を今回は感じなかったのだ。
「な、なんでこんな状況になってるのに俺は全く何も感じないんだよ……」
自分の身に起きた異変によって完全にパニック状態となった俺は、もはや雪姉とアランの様子を気にするような余裕など一切無くなってしまった。するとそれまで黙っていたエレンがゆっくりと口を開く。
「ねえ、快斗君。私がその理由を教えてあげようか?」
「……えっ?」
エレンからの突然の提案に困惑し始めるが、彼女は俺の返事を聞く前にそのまま言葉を続ける。
「それはね、快斗君が壊れちゃってるからだよ」
エレンは綺麗な笑顔でそう言い放ったのだ。その言葉を聞いた瞬間、俺の中にほんの少しだけ残っていた大切な何かがガラガラと音を立てて完全に崩れ去る。
「……そうか、
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「快斗君、やっと完全に壊れてくれた」
計画通りに事が進んだ私は上機嫌になっている。私の手によって元々かなり壊れかけていた快斗君だったが、剣城雪奈を利用してついにとどめをさしたのだ。
初恋相手であり自分を好きだと言ってくれた相手が他人とキスをする場面など今までの快斗君であれば発狂してもおかしくないレベルだったが、今の彼はきっと何も感じなかったに違いない。
それによって快斗君は自分自身の異常性を強く感じたはずだ。そして私からの一言により快斗君は自分が壊れているのだとついに自覚する事になり、その結果完全に壊れてしまった。
ちなみにあのショッピングモールに剣城雪奈を呼び出したのは私の仕業だ。快斗君について大切な話があるから会って話したいという内容のメッセージを送ったところ、剣城雪奈は何の疑いも持たずあの場へとやってきた。
後はアランと事前に打ち合わせをしていたように快斗君の前で剣城雪奈の唇を強引に奪わせたというわけだ。全く見ず知らずの他人から突然キスされた剣城雪奈は恐らく相当の恐怖を感じた事だろう。
「まあ、私にとってはそんな事どうでもいいけど」
別にあの女がどうなろうと私には知った事ではない。
「私に向けてたドス黒い感情もこれから加速度的に増えていくだろうし、後少しで私の計画も達成できるね」
今まで快斗君にはゆっくりと私に対する独占欲の感情を植え付けてきたわけだが、その感情は壊れた事によって今よりもはるかに強くなるはずだ。
恐らく快斗君は近いうちに私の身も心も手に入れたいという歪んだ願望を持つようになるだろう。まさに今私が快斗君に対して思っているのと全く同じように。
快斗君の身も心を私の物にすると同時に、私の身も心も快斗君の物にする。そんな理想の未来はもうすぐ近くまで来ていると言っても過言ではない。
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