第26話 どうしても諦められそうになくて
あの日の一件を目撃してから飛龍さんとは少し気まずくなってしまったわけだが、それ以外は特に問題なく学校生活を過ごしていた。今日もいつものように1日を過ごし、放課後エレンと一緒に帰った俺だったが、家に帰ってしばらくしてから財布が無い事に気づく。
「あれ、リュックサックの中に入れなかったっけ?」
リュックサックの中身を全て出して探し始める俺だったが、どこにも見当たらなかった。ひょっとして無くしてしまったのでは無いかと焦り始める俺だったが、そう言えば昼休みに教室のロッカーの中に入れていた事を思い出す。
「って事は学校に忘れてきたっぽいな。どうしよう?」
俺は学校へ取りに戻るべきか激しく迷い始める。明日が平日であれば別に問題なかったのだが、今日は金曜日なのだ。土日は教室が閉まっているため今日取りに戻らなければ月曜日まで待たなければならない。
「……やっぱり無いと困るし取りに戻ろう」
俺は机から立ち上がって脱いでいた制服をもう一度着ると家を出て学校に向かって歩き始める。夕方になっている事もあって空はオレンジ色に染まっていた。歩き続けて学校に到着した俺はまっすぐ教室に向かう。
「ん? 誰か教室の中にまだいるみたいだな」
今の時間帯で学校に残っている生徒は基本的に部活に参加しているため、教室に人がいるのは予想外だった。そんな事を思いながら教室に入ろうとする俺だったが、中から女性の艶かしい声が聞こえてきて扉に掛けていた手を止める。
教室の中で何が行われているのかを察した俺は一旦その場から立ち去ろうとするが、扉に少しだけ隙間が空いている事に気づく。しばらくその場に立ち尽くす俺だったが、好奇心に負けてしまい隙間から中を覗く事にする。
「……えっ!?」
ドキドキしながら中を覗いた俺だったが、予想外の景色が目に飛び込んできて思わず大きな声をあげてしまった。なんと教室の中では飛龍さんが顔を真っ赤にしながら俺の机に自分の股間を擦り付けていたのだ。飛龍さんは俺の机を使って自慰をしていたらしい。
「だ、誰かそこにいるの!?」
声をあげてしまったせいで扉の外に誰かいる事に気付いた飛龍さんは血相を変えた様子でそう声をあげた。俺は慌ててその場から離れようとするが、足がもつれてしまい盛大に転んでしまう。そして運が悪い事にその衝撃で教室の扉が横にスライドして開いてしまったのだ。
廊下で倒れている俺と教室の中にいる飛龍の目線があった瞬間、彼女は全てに絶望したような表情となり泣き始めてしまった。その様子を見ていた俺は慌てて飛龍さんを慰め始める。
フォークやコップを舐められたり、机を自慰に使われた俺だったが、目の前で泣いている女の子を見捨てる事だけはできなかった。それからひたすら慰めた結果ようやく少しだけ落ち着きを取り戻した飛龍さんは重い口を開く。
「……実は私ね、2回も助けて貰ったあの日から剣城君の事が好きになっちゃったみたいなの」
その突然の告白を聞いた瞬間、俺は全身に稲妻のようなものが走った。驚いている俺をよそに飛龍さんはそのまま話を続ける。
「でも剣城君ってハーフの子といつも一緒に帰ってるから私の入り込む隙なんてどこにも無いと思ってさ……だから諦めようと思ったんだけど、どうしても諦められそうになくて」
「それであんな事をしてたのか……?」
「うん……剣城君は気付いないかもしれないけど体操服とか箸を盗んだのも全部私の仕業だし、靴に細工してGPS発信機を付けて行動を監視してたりとかもしてたんだ。本当にごめんなさい」
次々と明かされる衝撃的な事実に俺はパニックになる寸前だったが、それと同時に心の中で歓喜の感情が生まれている事に気付く。なぜなら俺の事をここまで好きになってくれた女の子は今までかつて誰もいなかったからだ。
確かに中学3年生の時に川崎千束に告白されて付き合った経験もあったが、これほどまでに俺に対して好意の感情を向けてくれた事は無かった。結局アランの事を好きになってしまった事を考えると、そもそもそんなに俺の事が好きじゃなかったのかもしれない。
それは俺を裏切った水瀬さんや姫宮先生も同様だ。しかし飛龍さんは今までの女性達と何もかもが違っている。体操服や箸を盗んだり、発信機を付けて行動を監視したり、フォークやコップを舐めたり、机で自慰をするほど俺の事を好きになってくれたのだ。
ここまでするくらい俺の事が好きなのだから、飛龍さんは絶対裏切らないに違いない。それを考えるとさっきまで正直気持ち悪いとすら思っていたフォークやコップを舐めていた姿がめちゃくちゃ可愛く思え、次第に飛龍さんの全てを愛おしく感じ始めた。
常人なら絶対こんな思考にはならないはずなので、俺はどこかおかしくなっているのだろう。だがもはやそんな事はどうでもいい。俺は飛龍さんの事を心の底から好きになってしまったのだ。
「いいよ、飛龍さんのやった事は全部許す……そのかわり俺と付き合ってくれ」
そう発言した瞬間教室の外から何かを思いっきり床に叩きつけるような物凄い音が聞こえてきてきたが、目の前にいる飛龍さんにすっかり夢中の俺は気にすらしなかった。
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