第24話 ただの独り言だから気にしないでくれたら嬉しいな

「……またか」


 俺は筆箱の中身を見て大きなため息をついた。なぜなら中に入っているはずのシャープペンシルが何本か無くなっていたからだ。だが俺の私物が無くなる事は残念ながらここ最近珍しい事では無い。

 ボールペンのようなよく使う物ならうっかりどこかで無くしてしまったのかなとは思えるが、箸や体操服一式まで消えているのだ。ここまでくれば誰かが盗んでいるのでは無いかと疑わざるを得ない。

 だが使用済みの箸や汗まみれの体操服など盗んで一体どこの誰が得するのだろうか。しかも一緒にリュックサックの中に入っていた財布には一切触れた形跡が無かったため余計意味が分からなかった。

 そんな事を思いながら筆箱をリュックサックの中に閉まって帰る準備をしていると誰かが話しかけてくる。


「剣城君、難しそうな顔をしてたけど何かあったの?」


「いやさ、筆箱に入れてたシャーペンを誰かに取られたみたいで」


 飛龍さんに話しかけられた俺はそう答えた。転校してから1ヶ月が経過した事もあってだいぶクラスにも馴染んできていた飛龍さんだったが、なぜか俺によく話しかけてくるようになったのだ。

 あの日階段でバランスを崩した飛龍さんを抱き寄せたせいで嫌われてしまったかもしれないと思っていた俺だったが、翌日普通に声をかけてきた事を考えると嫌われずに済んだらしい。


「……そっか。体操服とかも盗まれてるみたいだし、大変だね」


「そうなんだよ、いつも急に無くなるから困っててさ」


「シャーペンとかだったら貸せるから困ったらいつでも言ってね」


 そう言い残すと飛龍さんはクラスの女子数人と一緒に教室から出て行った。


「……あれ、飛龍さんに体操服盗まれた事なんて話してたっけ?」


 そんな事をつぶやく俺だったが、話してないなら飛龍さんが知っているはずないので多分記憶違いだろう。そう結論づけた俺はリュックサックを背負って教室を出るとまっすぐ靴箱へ向かう。

 そしてエレンと合流して一緒に帰り始めるわけだが、彼女は何故か少しだけピリピリしている。気になった俺がエレンに理由を聞くと最近悪い虫にたかられているからだと答えてくれた。

 別にエレンの周りには虫なんて1匹も飛んでいない気はするが、もしかしたら俺が気づいていないだけかもしれない。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 今の私はかなりイライラしていた。その理由は言うまでも無く快斗君が悪い虫である飛龍ヒカルにたかられているからだ。快斗君はまだ気づいていないようだが、あの女は私達が帰っている今私達の後をこっそりとつけてきている。まあ、尾行歴が長い私にはバレバレだが。

 その上、快斗君の箸や体操服を盗んだのもどうやらあの女の仕業らしかった。私が直接見たわけでは無いが、移動教室の際に一旦教室に戻って快斗君の机周辺を漁っているあの女の姿を私の友達が偶然見たらしいので、ほぼ間違いないだろう。

 快斗君の箸や体操服を自分の欲を満たすいかがわしい行為に使っているとしか思えないため、余計にイライラさせられた。私の快斗君を汚すなと怒鳴りつけてやりたい気分だ。


「……本当ムカつくわね」


「ん、今何か言ったか?」


 ついつい心の声が漏れ出してしまったが、幸いな事に声が小さかったため快斗君には聞こえなかったらしい。


「ただの独り言だから気にしないでくれたら嬉しいな」


「ああ、分かったよ」


 それからいつものように雑談をしながら歩き、私の家の前で別れた。そして家に入って一瞬で変装を済ませた私は日課となっている快斗君の尾行を開始する。今回はあの女の行動を監視するという目的もあるため、いつも以上に慎重にいかなければならない。


「……それにしても尾行するのが下手くそね」


 しばらく快斗君の後を尾行するあの女の後をつけていたわけだが、あまりにもお粗末すぎたためついそうつぶやいてしまった。

 私のように変装もしていなければ、距離の取り方もかなり適当なため、何故快斗君にバレていないのか不思議なくらいだった。

 傍から見たらかなり挙動不審なためもし男女逆だったら通報されてもおかしくないレベルだ。そして快斗君が家の中に入るまで尾行を続けたあの女は満足そうな顔で帰り始めた。


「あんな様子なら放っておいても勝手に自滅しそうな気はするけど、警戒するに越した事はないわよね」


 もし快斗君の童貞が奪われるような事があれば目も当てられないため決して油断だけは出来ない。とりあえずしばらくは様子見だが、快斗君があの女に好意を抱けばアランに奪わせて、絶望の淵に落としたところで私が癒すといういつもの流れに持っていく。

 もしあの女に対して好意を抱かなかった場合は快斗君の私物を盗んだり、ストーカー行為をしている事などを全て洗いざらい教師に報告して学校から強制的に排除するつもりだ。どう転んでもあの女にはろくな未来が待ち受けていない。


「私の快斗君を汚した罪は重いわ。飛龍ヒカル、覚悟しておきなさいよ」


 快斗君に対して好き勝手できるのも今のうちだ。

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