第22話 アラン、まさかあなた……

 私の中で何かが壊れてしまったあの日から半年が経過していた。快斗君に裏切られて失恋した日からうつ病で苦しんでいた私だったが、花火大会に参加した日以降からは症状も落ち着いたため無事に復活を遂げたと言える。

 それから私はあの泥棒猫から快斗君を奪い取るための行動を開始しようとしたわけだが、新たな問題が発生した事でそれどころでは無くなってしまう。その新たな問題とは成績の大幅な低下だ。

 夏休み明けに実力テストが開催されたわけだが、その結果は中学生になってから受けた試験の中で一番酷かった。そうなってしまった理由は簡単で受験生にとって天王山と言われている夏休みのほとんどをうつ病で潰してしまい、全く勉強をしていなかったからだ。

 夏休みに頑張って勉強していた同級生達と無気力状態で一日中寝て過ごしていた私とでは差がつくのは当然の結果と言える。うちの中学校で成績トップの快斗君と絶対同じ高校に行きたかった私はとにかく勉強を頑張らなければならなかった。

 私は快斗君とあの女の監視をしつつも必死に勉強に打ち込んだ。ちなみに快斗君も受験勉強で忙しい日々を過ごしていたため、あの女とデートする事はほとんど無かった。

 そして高校受験の本番まで後1ヶ月を切った今日、いつものように帰り道で2人の後を尾行しながら盗聴していた私は聞き捨てならない話しを耳にしてしまう。


「ねえ、快斗。春休みになったらさ2人でどこか泊まりがけの旅行に行かない?」


「えっ、泊まりで行くのか!? 千束と旅行に行けるのは嬉しいけど、それはちょっとまずいんじゃないか」


「いいじゃん、私達も後ちょっとで高校生なんだからお泊まりくらい別に普通だって」


 なんとあの女狐は私の快斗君とあろう事かお泊まりしたいなどと言っているのだ。それを聞いた瞬間私はあの女が何の目的でお泊まりしようとしているかを悟る。


「あの女、春休みに私の快斗君とエッチする気だわ……」


 その場に立ち止まった私は静かにそうつぶやいた。恐らく今の私は怒りと嫉妬、憎悪が全て混ざったような表情を浮かべているに違いない。

 快斗君の童貞卒業だけは何としても阻止しなければならないと思った私は何か良い方法が無いか尾行を続けながら考え始める。だが残念な事に良い方法は何も浮かんでこなかった。


「……他の男を好きにでもなって快斗君の隣からいなくなってくれれば良いのに」


 私はそう願望をつぶやくわけだが、あの女が都合よく浮気するとはとても思えない。もういっそのこと誰かにあの女を誘惑させて快斗君に対する気持ちを冷めさせる事はできないだろうか。

 だが私の言うがままにあの女を誘惑し、なおかつ堕とせるような都合の良い存在などそうそういるはずがない。そんな事を考えながら家に帰った私だったが、ここで普段は絶対にしないミスをしてしまう。

 考え事で頭がいっぱいになっていたせいで自分の部屋の前を通り過ぎてしまった事に気付かず、その隣りにあったアランの部屋を自分の部屋と勘違いしてしまったのだ。

 そして部屋の扉を開けた私はすぐに自分の部屋ではない事に気付くわけだが、部屋の中にいたアランの姿を見て思わず声をあげてしまう。


「……えっ?」


「ね、姉さん!?」


 なんと部屋の中にいたアランはベッドの上で全裸になって寝転び興奮した表情で自分の勃起した下半身を右手で握りしめていたのだ。


「……気持ち悪い」


 私は今の正直な気持ちをそうつぶやいた。快斗君ならともかく大嫌いなアランの自慰を見せつけられたのだからそうつぶやいてしまうのも無理ないだろう。

 アランに軽蔑の視線を送る私だったが、ベッドの脇に落ちていたタブレットの画面に映っている動画を見て驚いてしまう。


「アラン、まさかあなた……」


「姉さん、頼む。今見た事は全部忘れてくれ」


 私の視線と表情を見て全てを察したらしいアランは青ざめた顔でそう懇願してきた。私が偶然知ってしまったアランの秘密は、彼にとってはとてつもなく大きな爆弾だったのだ。

 秘密を守るためなら何でも言う事を聞いてくれそうなアランの様子を見て少しの間黙り込む私だったが、突如頭に名案が浮かんでくる。


「……良いわ、黙っててあげる。その代わり快斗君と付き合ってる邪魔な女、川崎千束をあなたに惚れさせなさい」


 そう、私はアランを利用してあの女を快斗君から遠ざける事を思いついたのだ。女子からめちゃくちゃモテるアランなら女を堕とす事など容易いに違いない。


「えっ、それは……」


「嫌って言うなら別に良いわよ。その代わりあなたの秘密が世間に知れ渡る事にはなるけどね」


 明らかに嫌そうな顔をするアランに対して私は無慈悲にもそう告げた。するとアランは諦めたような表情になって口を開く。


「……姉さんの言う通りにするよ」


「そう言ってくれると思ってたわ。具体的な手段や方法に関してはあなたに全部任せるからよろしく頼むわよ」


 私はアランに対してそう命令をした。これで快斗君の童貞は守られるはずだ。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「それからアランが上手い事やってくれたおかげで春休みの旅行計画が白紙になって、最終的には別れる事になるんだよね」


 私は過去を懐かしむような表情でそうつぶやいた。リビングでアランと別れて部屋に戻った後、小学生の頃から中学校を卒業するまでのエピソードを振り返っていた私だったが、思ったよりも長い時間が経過していたらしい。

 過去を振り返る事も大切だが、そろそろ未来の事も考えなければならないだろう。私は近々快斗君のクラスに来ると噂になっている転校生の事が気になっていた。もし私の快斗君に手を出そうとする女だったなら容赦するつもりはない。


「快斗君待っててね、絶対私だけのものにしてみせるから」

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