第21話 だって邪魔なあいつを追い出して私が隣を奪っちゃえばいいだけなんだから

 あれから3週間が経過し、夏休み中盤に差し掛かった訳だが私は未だに失恋のショックから立ち直れていない。あまりにも高熱が続き体重減少にも歯止めがかからなかった私は病気を疑われ、大きな総合病院に連れて行かれる事になった。

 だが内科や耳鼻科、消化器内科などでありとあらゆる検査を受けても原因は特定には至らなかった事は言うまでも無い。そして最後に受診した精神科でとある診断が出される。


「う、うつ病ですか!?」


「I can’t believe it……」


 私と一緒に診察結果を聞いていたパパとママは驚いたようにそう声をあげた。どうやら私は快斗君に裏切られたショックでうつ病になってしまったらしい。それから抗うつ剤を服用するようになった事でひとまず食欲不振や不眠などの症状がマシになり始めた。

 だが私の心の傷は一向に癒えそうにない。だから私はせっかくの夏休みだというのに完全に無気力な状態で一日中横になっていた。今日も隣の部屋でアランが部活に行く準備をしている音を聞きながらぼんやりとベッドの上に寝転んでいる。

 今の私は自分が一体何のために生きているのかすら分からなくなっていた。もはや生きる目的すらなくただ無意味な毎日を過ごしているだけだ。そんな事を思っていると部屋の中にママが入ってきた。


「Ellen, for a change of pace, why don't you come with me to a fireworks festival?」


「Okay, I'll go with Mom」


 お母さんから気分転換で花火大会に行こうと誘われた私は行く事にした。無気力ながらも今の状態を改善させなければならないと思っていたため、花火大会が何かのきっかけになれば良いと思ったのだ。ちなみにママは日本語があまり得意では無いため家の中での会話は全て英語で行っている。


「Yeah,I’m gonna pick you up your room, when it's time」


 ママは時間になったら部屋に迎えに来ると言い残して部屋から出て行った。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「Fireworks are really beautiful no matter how many times I see it」


 夜空に打ち上がる花火を見て、何度見ても綺麗だとハイテンションで声をあげるママだったが、それとは対照的に私は冷めた態度をしていた。

 以前までの私であればママと同じような反応をしていたに違いないが、うつ病になってしまった今の私は花火を見ても何も感じなかったのだ。

 せっかくうつ病改善のきっかけになると思って明治神宮外苑まで花火を見に来たというのに、何の成果も得られなかった。

 ママには申し訳ないが帰る事を提案しようか考え始めていると、視界の端に浴衣を着たカップルの姿が入り込む。そして偶然そちらを向いた私は2人の顔を見て驚愕する。


「!?」


 なんとそれは快斗君と川崎さんだった。どうやら彼らもこの花火大会に来ていたらしい。2人は私の存在に気づいてないのか腕を組んで楽しそうに会話しながら横を通り過ぎていった。

 そんな2人の様子を見てしまった私はふつふつとドス黒い感情が湧き上がってくる。私はうつ病になってこんなにも苦しんでいるというのに、あの2人が幸せそうにしている姿がとにかく許せなかった。

 快斗君の隣には私がいるはずだったのに、あれもこれも全部あの泥棒猫のせいだ。私の中に生まれたドス黒い嫉妬と憎悪の感情はまるで決壊したダムの水が勢いよく流れ出すように溢れ出し始め、もはや収まりそうになかった。

 このままでは精神が壊れてしまうと心のどこかで考える私もいたが、もうとっくの昔に限界を迎えていたらしい。私の中で何かがどんどん音を立てて崩れていく。そしてついに私の中で大切な何かが跡形もなく壊れる。


「……そうだよ、別に快斗君に彼女がいても関係ないよね。だって邪魔なあいつを追い出して私が隣を奪っちゃえばいいだけなんだから」


 なぜこんな簡単な事を今まで思いつかなかったのか不思議なくらいだ。そんな事を考えていると私のつぶやきを聞いてこちらを振り向いたママが驚いたような表情になる。


「You're smiling, what's wrong?」


 笑っているけどどうしたのと聞かれ、そこで初めて自分が笑みを浮かべている事に気付く。快斗君に裏切られたあの日から笑えなくなっていた私だったが、どうやらまた笑えるようになったらしい。


「I'm sorry I ever worried you for a long time, but I feel better now」


 ママに長い間心配をかけてしまった事を謝罪し、もう大丈夫だと伝えた。突然そんな事を言い出した私を見てママは一瞬不思議そうな顔をしていたが、久しぶりの笑顔を見て安心したようだ。


「とりあえずあの女は快斗君と別れさせるとして、どうすればいいかな?」


 私は花火大会そっちのけでどうやってあいつを快斗君の隣から追い出すかを考え始めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る