第20話 ねえ、お願いだから嘘って言ってよ

「……えっ、彩葉今なんて言ったの?」


 私は目の前に立つ親友彩葉が一体何を言っているのか全く理解できなかった。


「だから、快斗君に彼女ができたって言ったの。3組の川崎千束かわさきちさとさんが昼休みに告白したみたいで、快斗君がオッケーしたらしいのよ」


 快斗君に彼女ができたと聞こえたような気がするのだが、何かの間違いではないだろうか。だって快斗君は私の事が好きなのだから。それなのに私では無い他の女の子と付き合うなんて事はあり得ないだろう。だからきっと彩葉は冗談を言っているに違いない。


「彩葉が急にそんな冗談を言うなんて珍しいね。エイプリルフールは3ヶ月も前だよ? それにそういう冗談はちょっと流石によくないと思うな」


「こんな事冗談でも絶対言わないから。それよりどうするのよ、本当に快斗君取られちゃったのよ?」


 彩葉のかなり焦ったような表情を見て、私は冗談ではないのかもしれないと思い始めた。それと同時に猛烈な胸の痛みと息苦しさを感じ始める。


「……う、嘘だよね? ねえ、お願いだから嘘って言ってよ」


 どうしても現実を受け入れたくなかった私は懇願するような表情でそう声をあげるが、彩葉は悲しそうな顔をして首を横に振るだけだった。


「嘘よ嘘よ嘘よ。快斗君に彼女ができたなんて、そんなの嘘よ」


「あっ、エレンちょっと待って。どこ行くのよ」


 ヒステリックに叫び声をあげた私は彩葉の制止を振り切って教室から飛び出す。そして快斗君のいるクラスへと向かう私だったが、もう既に教室の中にはいなかった。

 今は夏休み前の三者面談週であり、全ての部活が休みになっているため帰り始めているのかもしれない。そう思った私はすぐに靴箱へと向かう。快斗君が登下校の時に通っている道は知っているため走ればまだ追いつけるはずだ。

 上履きから靴に履き替えた私は走って快斗君の通学路を進み始める。7月中旬という事で気温はそこそこ高く、走っていると体中から汗が噴き出し始めるが、今の私にはそんな事を気にしているような余裕なんてない。とにかく快斗君と直接話して真実を確かめなければ気が済まないのだ。

 しばらく走り続けて見覚えのある背中を確認した私だったが、その隣には見覚えのない後ろ姿もあった。そしてその2人はまるで恋人同士のように手を繋いで楽しそうに話しながら歩いている。そんな2人の様子を見て私は本当に快斗君に彼女ができてしまったのだと認識させられた。


「そ、そんな……快斗君どうして」


 目の前に広がる現実をどうしても受け入れられない私はとうとうその場に膝から崩れてしまう。気付けば視界もぼやけ始めたため涙も出ているに違いない。私の心の中は深い絶望によって完全に支配されていた。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 快斗君に彼女ができてから今日で2日だ。快斗君から裏切られた事で食事がまともに喉を通らなくなり、夜もほとんど眠れない状態になってしまっていた。

 あの日2人が幸せそうに歩いている姿を目撃してから後の事に関してはほとんど記憶に残ってない。あの後どうやって家に帰ったのかも、ここ数日間どんな風に過ごしていたのかも何一つ思い出せないのだ。

 私にとってそれだけ失恋のショックは大きかった。アランから見捨てられた小学5年生のあの日よりも精神的なダメージは大きく、熱が39度近くでるなど私は完全に体調を崩してしまっている。


「……こんな思いをするくらいなら初めから快斗君の事を好きにならなきゃ良かった」


 もういっそ快斗君の事をアランと同じように心の底から嫌いになってしまえば楽になれるのにとすら思い始めた私だったが、残念ながらそれは出来なかった。

 快斗君は私をいじめという名の地獄から救ってくれた救世主であり、私を守ってくれた理想の王子様であり、落ち込んでいた私を暖かく照らしてくれる太陽のような存在なのだ。どう頑張っても快斗君の事を嫌いになどなれるはずが無かった。

 むしろ嫌いになればなろうとするほど逆に快斗君の事を好きになってしまい、それが結果的に私を激しく苦しめている。


「……うっ」


 快斗君と川崎さんがキスしている場面を想像してしまった私は猛烈に気分が悪くなってしまう。ベッド横に置いてあった洗面器を取るとその中に食べたものを全て戻す。ただでさえ食事が喉を通らないというのに、わずかながら食べられたものをこうやって定期的に吐き出してしまっているため、ここ2日間で急激に体重が減ってきていた。


「……酷い顔ね」


 鏡を見るとまるで死者のように青白い顔をしてやつれた自分の姿が映っており、めちゃくちゃ惨めな気持ちにさせられる。


「私、どうすれば良かったのかな……?」


 受け身の姿勢をとるのではなく以前彩葉が忠告をしてくれたように私から快斗君に告白していれば今とは違う結果になっていただろうか。そんな事を考え始める私だったが、全てが終わってしまった今となっては全てが後の祭りだ。精神的なダメージは既に限界を迎えており、私の中で何かが壊れ始めていた。

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