第15話 袋じゃなくてもいいんだ
とうとう約束の日曜日になった今日、俺は朝からとにかく浮かれまくっていた。これから童貞が卒業できるのだ、浮かれるなという方が無理な話しに違いない。
「爪を切ってムダ毛も処理したし、これで準備は完了だな」
俺はそんな事をつぶやきながら家を出発すると最寄り駅に向かって自転車を漕ぎ始める。そこから電車で新宿駅まで移動して姫宮先生と合流する予定だ。
下半身が痛いくらいに勃起しているのを我慢しながらしばらく自転車を漕ぎ続けて駅に到着した俺は、スマホに搭載された交通系ICカードを自動改札機にかざして中に入る。そしてやって来た電車に乗って新宿方面へと向かい始めた。
「……やっぱり新宿駅は人が多いな」
新宿駅は乗降客数が世界一なため人が多い事は容易に想像がついたわけだが、それにしても多い。そんな事を思いながら俺は姫宮先生との待ち合わせ場所である東口にあるファッションビルを目指して歩き始める。
後少しで到着というところでポケットの中が振動したため俺は一旦立ち止まってスマホを取り出す。スリープを解除すると姫宮先生からLIMEのメッセージが来ていた。
「えっと……えっ、今日用事入ったから無し!?」
なんと姫宮先生からのメッセージには急用が入ったため今日会うのは難しいと連絡が来ていたのだ。それを見て落ち込む俺だったが、メッセージの最後に来週会おうと書かれていた事を考えると中止ではなく延期になるだけだと分かったため、少しだけ元気を取り戻した。
「俺の童貞卒業は来週までお預けだな」
姫宮先生のメッセージに返信した俺は引き返して家に帰ろうかと思い始めていたわけだが、突然後ろから肩を叩かれて驚いてしまう。慌てて後ろを振り向くと、なんとそこには私服姿のエレンが立っていたのだ。
「……誰かと思ったらエレンかよ。急に肩を叩かれたからマジでびっくりした」
「ごめんね、そんなに驚くとは思って無かったから」
「全然大丈夫だから気にしないでくれ。それにしてもこんな所で会うなんて奇遇だな、新宿で何か用事でもあるの?」
申し訳なさそうな顔で謝罪してきたエレンにそう話しつつ、俺は疑問に思っていた事を尋ねた。するとエレンは少し悲しい顔をしながら話し始める。
「今日友達と遊ぶ予定だったんだけど急用が入ったとかでドタキャンされちゃってさ……」
「なるほど、それは悲しいな」
「だからこれからどうしようかなと思ってたんだけど、見覚えのある後ろ姿が見えたからつい肩を叩いちゃったんだよね」
どうやらエレンは俺と同じく相手の急用で予定が無くなってしまったらしい。そんな事を考えているとエレンは俺に対して正直聞いて欲しくないない質問を投げかけてくる。
「ところで快斗君は新宿に何しに来たの?」
「えっと……実は俺も友達と会う予定が会ったんだよ。まあ俺の方も相手が急用入ったみたいで無くなったんだけど」
姫宮先生とエッチするために新宿まで来たとは口が裂けても言えなかったためそう誤魔化す。具体的な質問をされるとボロが出て嘘がバレてしまうと心配する俺だったが、幸いな事にエレンはそれ以上追求してこなかった。
それから俺達はドタキャンされた者同士、せっかく新宿まで来たのだから2人で何かして遊ぼうと話しながら駅構内を歩いていたわけだが、エレンが何かに気付いて声をあげる。
「ねえ、快斗君。あれって姫宮先生じゃない?」
「本当だ」
エレンが指差す方向を見るとそこには改札の前でお洒落な格好をして立つ姫宮先生の姿があった。辺りをキョロキョロとしている様子を見ると誰かと待ち合わせをしているのかもしれない。
その相手と会う事が今回の急用なのだろうかと思い始める俺だったが、やって来た長身男性の姿を見て思わず声をあげそうになる。
なんと姫宮先生の前に現れたのはアランだったのだ。合流した2人はまるで恋人同士のように腕を組んで俺達の前から歩き去ってしまう。
「……快斗君。なんだかあの2人怪しく無かった? まるでこれから何か悪い事をするように見えたんだけど」
状況を全く理解できずパニックになっている俺に対してエレンは冷静そうな顔でそう話しかけてきた。だが激しく動揺している俺は正直そんな事を考える余裕すらない。姫宮先生とアランがまるで恋人同士のように腕を組んでいた姿がさっきから脳裏にこびりついて離れないのだ。
「ちょっと2人の事が気になるし、後をつけてみよう」
エレンは俺の手を取ると2人の後をこっそりとつけ始めた。相変わらずパニック状態の俺だったが、2人が歌舞伎町方面へ向かっている事に気づきだんだん嫌な予感を覚え始めてしまう。
2人が歌舞伎町2丁目に入った時、予感は更に強くなる。そしてとある建物の中に入った瞬間、予感は確信に変わる。2人はこれからラブホテルでエッチする気なのだと。
「……そんな、どうして」
嬉しそうな顔をしてアランと一緒にラブホの中へと入っていく姫宮先生の姿を見て激しい絶望感に襲われた俺はその場に膝から崩れ落ちてしまう。気付けば視界もぼやけ始めたため涙も出ているに違いない。
「ち、ちょっと快斗君大丈夫!?」
そんな俺の様子を見たエレンが血相を変えた様子で色々と話しかけてくるが、彼女の言葉は何一つ耳に入って来なかった。
姫宮先生は俺の事が好きだからエッチに誘ってきたんじゃなかったのか、なんでアランなんかとラブホテルの中に入って行ってしまったのか。
そう叫び声をあげたくなる俺だったが、喉からは呻き声しか出てこない。ラブホテルの中で2人が楽しそうに行為に及んでいる姿を想像してしまった俺は急に上手く呼吸が出来なくなってしまう。
恐らく急激なストレスが原因で過呼吸を起こしてしまったのではないかと頭のどこかで考える俺だったが、今の状況では冷静に対処などできるはずがない。
声にならない声をあげながらその場でもがき苦しむ俺だったが、エレンが予想もしていなかった行動に出る。突然俺の顔を両手で掴み自分の唇を俺の唇に重ねて来たのだ。
「!?」
エレンにキスをされて激しく驚く俺だったが、そのおかげで過呼吸の症状が治まり始めた。
「……一応呼吸落ち着いたね。袋じゃなくてもいいんだ」
「……あり……がと……う」
まだ息苦しさは残っているものの、だいぶ症状がマシになった俺はそう感謝の言葉を述べた。するとエレンは優しく微笑みながら口を開く。
「私はいつまでも快斗君の味方だよ。だから元気出して」
姫宮先生に裏切られてこれ以上無いくらいボロボロになってしまった俺の心には、エレンからの優しい言葉はあまりにも効果抜群だった。
後で思い返せばこの時からだったのかもしれない。俺の心の中に今まで無かったはずのエレンに対する何かドス黒い独占欲のような感情が僅かに芽生え始めていたのは。
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