第11話 処女の私には刺激が強すぎるわ

 私は朝からめちゃくちゃ不機嫌だった。その理由は言うまでも無く私の快斗君が新任教師の姫宮千花と今日の放課後に2人きりで授業をするからだ。

 快斗君が言うには授業のアドバイスが欲しいからのようだが、なぜわざわざ快斗君にそれを頼むのだろうか。


「そんなに教えるのが下手ならもう一回大学の教育学部に入り直して学んでこいって言いたくなるわ」


 校内で見かけるたびにそう罵詈雑言を吐いてやりたい気分になる私だったが、喉まで出かかった言葉をぐっと我慢してきた。

 朝学校に登校した私は職員室に行って化学室の鍵を借り、コンセント型の盗聴器を設置する。私は学内で優等生キャラとして教師から認識されているため、化学室に忘れ物をしたと適当にでっちあげた理由を話しても簡単に信用してもらえた。まさか私が化学室に盗聴器を設置しているなど夢にも思ってないだろう。


「よし、これで準備完了」


 盗聴器を設置し、動作確認を済ませた私は何事も無かったかのように化学室から出ると職員室へと鍵を返しに行く。そしてイライラする気持ちを必死に抑えながら放課後になるまで過ごした。

 帰りのホームルームが終わった後、私は化学室の隣にある空き教室に身を潜める。盗聴できる範囲は限られているため近くにいる方が望ましいのだ。

 空き教室に関しても自習の為に使いたいと担任に事前にお願いして許可を貰っているため、その辺りは抜かりない。


「さて、始まったみたいね」


 私はイヤホンを耳に装着すると受信機から流れてくる声を聞き始める。あの女が授業をしながら快斗君が合間合間で意見やアドバイスを指摘していくという形で進行していた。


「やっぱり私の快斗君は凄いな。あんなにアドバイスができるなんて」


 快斗君が生き生きとした声で授業のアドバイスをしている様子を聞いて私は思わずそうつぶやく。私には気付けなかった問題点や思いつきもしなかった解決策を次々に指摘していて、本当に凄いと思った。


「快斗君は私やアランに昔からコンプレックスを感じてたみたいだけど、私達が優っている部分なんて所詮両親から遺伝しただけに過ぎないから」


 総合商社に勤める超高学歴でエリートなパパと容姿端麗なイギリス人のママの間に生まれた事など本当に運が良かっただけなのだ。

 だから快斗君のように努力してトップの成績を取り続けている事は本当に凄いと思う。それに快斗君のスペックは決して低い訳ではない。確かにアランの影に隠れているかもしれないが、この高校にいる男子達の中では間違いなく上位と言える。


「……そのせいで快斗君に悪い虫が寄ってきてるのよね」


 そう、快斗君も学校ではそれなりにモテる方なのだ。中学3年生の時に私の快斗君に告白した挙句彼女になったあの忌々しい女はその一例と言える。


「まあ、快斗君は私の物だから誰にも渡さないけど」


 快斗君に近づく女がいたとしてもどうせアランの餌食になるだけだ。アランに堕とされない女が今後現れる可能性もあるが、それはその時に考えればいいだろう。


「それにしても長いわね。一体いつまで続ける気かしら」


 もうとっくに1時間以上は経過しているはずだがまだまだ終わりそうな気配が無い。結局19時過ぎまでかかるわけだが、この時の私はそれを知る由も無かった。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「すみません、前の車を追いかけてください」


 私はタクシーの運転手にそう指示を出して快斗君が乗った車を追いかけ始める。快斗君があの女教師と2人きりで夕食を食べに行くと盗聴で聞いた時に電話でタクシーを呼びつけておいたのだ。

 それからしばらく追いかけ続けた結果、お洒落なレストランの前に到着した。クレジットカードで支払いを済ませた私は黒いカラーコンタクトと黒髪ウィッグ、マスクを付けて変装してから店内に入る。

 どこのテーブルに案内されるかは完全に運だったが、2人の会話がはっきり聞こえる所になったため本当にラッキーだ。

 それから適当な料理を注文した私は2人の盗み聞きを開始したわけだが、会話の内容は先程の授業の事が中心だった。途中まではそんな会話を続ける2人だったが、あの女が間違えてウーロンハイを飲んでから状況は一変する。

 なんと酒に酔った勢いで過去の性事情についてを快斗君の前でベラベラと話し始めたのだ。これには人格が破綻していると自分で自覚している私ですらドン引きさせられる。


「処女の私には刺激が強すぎるわ」


 かなり生々しい話をしていたため聞いているこっちが恥ずかしくなりそうだった。いい加減何度も同じ話を聞く事にうんざりし始めた私だったが、あの女の口から信じられないような言葉が飛び出す。


「……剣城君ってまだ童貞だよね。私が童貞卒業させてあげようか?」


 その言葉を聞いた瞬間私の怒りは最高潮に達した。思わず水の入ったグラスをあの女の顔に投げつけたい衝動に駆られたが、尾行がバレてしまうためぐっと堪える。


「ち、ちょっと姫宮先生。冗談はよしてくださいよ」


 そう返す快斗君の言葉を聞いて私は少し冷静さを取り戻した。そうだ、きっと快斗君をからかっているだけに違いない。そう考え始める私だったが、次の言葉を聞いてついに自分を抑えられなくなってしまう。


「冗談じゃないよ、実は剣城君の事は結構好みだから特別にエッチさせてあげてもいいよ。確かこの辺にラブホあったはずだし」


 私は怒りのあまり手に持っていた箸を片手でへし折ってしまった。快斗君の童貞が奪われて穢されるくらいなら尾行がバレてもいいと思った私は鞄からスタンガンを取り出す。そしてあの女の体に強烈な電気ショックを与えるために席を立とうとする私だったが、快斗君の声を聞いて我に返る。


「姫宮先生、いつの間にか寝てるじゃん」


 どうやら酔い潰れて寝てしまったようだ。冷静さを取り戻した私は座り直すとそっとスタンガンを鞄の中にしまった。

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