第7話IF  センセー、助けてくれて本当ありがとう

 アランとすれ違った後から妙な胸騒ぎがしていた俺はその場に立ち止まって教室に戻るべきかどうかをかなり迷っていた。

 教室に戻るとアランと同じ空間に居る事になるため正直それは嫌だったが、今戻らなければ何か取り返しがつかないような結果になりそうな予感がするのだ。


「……やっぱり教室に戻ろう」


 しばらくの間どうするか悩む俺だったが、自分の直感を信じて教室に戻る事を決める。それから俺は来た道を引き返して戻るわけだが、予想していた通り教室の中にはアランがいた。

 一体何の用事があってわざわざ俺のクラスに来たのかと疑問に思っていたわけが、教室の中でサッカー部のクラスメイト達と話している様子的にそれが目的なのかもしれない。

 俺の存在に気付いたアランは一瞬驚いたような表情になっていたが、すぐに何事もなかったかのような顔に戻って雑談を続けていた。


「……ひょっとして嫌な予感は勘違いだったかな?」


 教室を出ようとする俺だったが、水瀬さんの机の上に鞄が置きっぱなしになっている事に気付いて足を止める。


「あれ、水瀬さんまだ帰ってなかったんだ」


 テスト期間中もアルバイトのシフトが入っていると言っていたため既に帰っていると思っていたが、どうやらまだ学内にいるらしい。なぜまだ帰っていないのか疑問に思う俺だったが、黒板の右下に書かれていた名前を見てその理由に気付く。


「そうか、水瀬さんって今日は日直だったな。だからまだ帰ってないのか」


 今日は定期テスト終了後に提出する課題がたくさんあったため、日直である水瀬さんが姫宮先生と一緒に職員室までノートやプリントの束を運んだに違いない。そんな事を考えていると水瀬さんが教室に戻ってきた。


「センセーじゃん、まだ帰ってなかったん?」


「机の中に忘れ物をしたから取りにきたんだよ」


 水瀬さんに話しかけられた俺が適当な理由をでっち上げて話すと、彼女はかなり意外そうな表情になって話し始める。


「学年トップのセンセーでもうっかりミスするんだ。ミスなんか絶対しないと思ってた」


「いやいや、人間だからミスくらい普通にするって」


 そんなやり取りをする俺達だったが、その様子を誰かに見られている事に気付く。その上不気味な事に視線は1つでは無かった。視線の1つはさっきから横目でチラチラと俺達の方ばかりを見てきているアランで間違いないだろうが、他に関しては誰に見られているのか皆目検討がつかない。


「あっ、もうこんな時間じゃん。バイトに遅れるとまずいからうちはそろそろ帰る。センセー、ばいばい」


「ああ、また明日」


 水瀬さんは鞄を取るために急足で机に向かい始める。そんな様子をぼんやりと眺める俺だったが、視界の端に挙動不審な人影が映っている事に気付く。


「あれは確かラグビー部の高橋だよな。あんなところで何やってるんだ?」


 入り口近くの廊下に高橋は立っている訳だが、教室の中に入ってこようとする気配は一切無かった。そして理由は分からないがなぜかずっとそわそわしており、正直ちょっと気味が悪い。


「……ずっと水瀬さんの事を見てるよな。もしかしてさっきの視線の犯人はあいつか?」


 高橋の視線が水瀬さんを追いかけ続けている事に気付き、俺はそうつぶやいた。まるで獲物が出てくるのを待ち構える肉食動物にしか見えない。


「待ち構える……ひょっとしてまさか!?」


 高橋が水瀬さんに危害を加えるかもしれないと判断した俺は、鞄を持って教室を出ようとしていた彼女の後を急いで追いかける。


「えっ!?」


 水瀬さんが教室を一歩外に出たその瞬間、なんと高橋は横から彼女に向かってタックルしてきたのだ。突然の事に対処出来なかった水瀬さんはぶつかられた衝撃で思いっきり転けそうになるが、地面に激突する寸前で俺が抱き止めたため大事には至らずに済む。


「おい、お前何やってるんだよ」


「い、いやよそ見して歩いてたら偶然ぶつかっただけで……」


 俺が睨みつけると高橋は想定外の事が起こったと言いたげな顔をしながら苦しい言い訳をしていた。そして高橋はいつの間にか廊下に出てきていたアランを見た途端、顔を真っ赤にして文句を言い始める。


「おいアラン、打ち合わせと全然違うじゃねーか。どうなってるんだよ」


「そ、それは……」


 アランと高橋はそんな事を話しながらどこかへと歩き去ってしまった。打ち合わせと全然違うと高橋は言っていたが、それは一体どういう意味なんだろう。そんな事を考えていると黙り込んでいた水瀬さんが恥ずかしそうな表情で口を開く。


「あのさ、そろそろ離してくんない?」


「……あっ、ごめん」


 水瀬さんの言葉を聞いて未だに抱き抱えたままだと気づいた俺は慌てて彼女の体から手を離した。それからしばらく顔を赤く染めていた水瀬さんだったが、小さな声でお礼の言葉を述べる。


「センセー、助けてくれて本当ありがとう」


「どういたしまして、無事で良かった」


 感謝されて嬉しくなった俺は少し照れながらもそう答えた。それから後日水瀬さんに告白されて付き合う事になるわけだが、その先に恐ろしい未来が待ち受けている事を今はまだ誰も知らない。

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