第8話 ごめん、センセー。あれやっぱ無しで
「……テストの結果はどうだった?」
「センセーのおかげで全教科赤点回避できたよ」
テストが終わってから1週間が経過した今日、俺は図書室で水瀬さんからテストの結果についての報告を受けていた。うちの高校は平均点の半分以下が赤点となるわけだが、水瀬さんの答案を見せてもらうと確かに全教科赤点ラインを上回っていたのだ。まあ、赤点ギリギリの教科ばかりではあったが。
「良かったじゃん、これで退学になる心配は無いな」
「うん、本当センセーさまさまって感じ」
水瀬さんが嬉しそうにそう話す姿を見て俺まで嬉しい気分になってくる。この調子で一緒に勉強を続ければ絶対もっと点数を伸ばす事ができる、俺はそう確信していた。
「それで今後についてなんだけど、どんな感じにしていく? 毎日ってのは大変だと思うからテスト前以外は時々やる感じでどうかなって思ってるんだけど」
定期テストの前日にこれからも一緒に勉強しようと約束していたため俺はそう尋ねたわけだが、水瀬さんの口からは自分の耳を疑うような答えが返ってくる。
「ごめん、センセー。あれやっぱ無しで」
「……えっ?」
「実はうち如月アラン君の事が好きになっちゃってさ、センセーと一緒にいるのを誰かに見られて誤解されたく無いんだよね」
俺は水瀬さんが何を言ったのか理解できなかった。いや、理解するのを脳が拒否したと言うべきだろうか。今までそんな素振りが全く無かったはずの水瀬さんに一体何が起こったというのか。茫然自失としつつもそんな事を考える俺だったが、水瀬さんは恋する乙女のような表情でアランの事を好きになった経緯を話し始める。
定期テスト初日の放課後、日直の仕事を終えて教室から出ようとしていた時によそ見しながら歩いていた大柄なラグビー部の男子にぶつかられて転けそうになった。だがそんな時に
抱き抱えられた瞬間体に電流が走るような感覚を覚え、この時水瀬さんはアランに一目惚れしてしまった事を確信したらしい。それから水瀬さんはすぐにアランと連絡先の交換をして、色々とやり取りを始めたそうだ。
一通り話を聞き終わってショックを隠しきれない俺だったが、そもそもアランには付き合っている彼女がいる事を思い出した。俺は彼女持ちという事を知って水瀬さんがアランを諦めるという一縷の望みに全てをかけて話を切り出す。
「……残念だけどアランには彼女がいるから付き合うのは無理だぞ」
「それは知ってる、でも別にうちは2番目でも良いの。それに2番目になれるって事はそのうち1番目にだってなれるかもしれないじゃん」
なんと水瀬さんは大真面目な顔でそんな事を言ってのけた。これ以上何を言っても無駄である事を悟った俺は遂に何も言えなくなってしまう。
「だからセンセー、いや剣城とこうやって図書室で話すのも今日が最後。でもうちは本当に感謝してる、勉強を教えてくれて本当ありがとう」
そう言い残すと水瀬さんは図書室から出て行ってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
図書室で水瀬さんと別れた後の事は正直ほとんど記憶に残ってない。あの後どうやって教室に戻ったのかも、どんな風に午後の授業を受けたのかも何一つ思い出せなかった。気付けば放課後になっていたため、俺はフラフラとした足取りで靴箱に向かい始める。
だがその道中で昼休みのやり取りを思い出して猛烈に気分が悪くなってしまう。トイレに駆け込んだ俺は個室の便器に昼食べた物を戻す。嘔吐し続ける俺だったが、しばらくすると何も出るものが無くなった。
「……酷い顔だな」
鏡を見るとまるで死人のように青白い顔をした自分の姿が映っており、めちゃくちゃ惨めな気分にさせられる。妙な胸騒ぎがした時に教室に戻っていればこんな事にならなかったのではないかと考え始める俺だったが、今となっては全てが後の祭りだ。トイレから出た俺は再びフラフラとした足取りで靴箱へ向かって歩き出す。
そして靴箱に着くといつものようにエレンが待っていたわけだが、今はとてもじゃないが話せるような気分ではない。だからエレンを無視してそのまま帰ろうとする俺だったが、それは叶わなかった。俺の様子に気付いたエレンが血相を変えて駆け寄ってきたのだ。
「ち、ちょっと快斗君。大丈夫!?」
「……ごめん、今日はちょっとエレンと話せそうな気分じゃないんだ。だから1人にさせてくれ」
「そんなの無理だよ。今の快斗君は今にも消えちゃいそうな感じにしか見えないもん」
そんな事を言ってエレンは俺のそばから離れようとしない。そんなエレンに対してだんだん苛立ちを感じ始めた俺はつい怒鳴りそうになってしまうが、それが単なる八つ当たりでしかない事に気付く。
俺を心配してくれているエレンに対して八つ当たりしようとしてしまった自分に強い嫌悪感を覚えた俺はさらに沈んだ気分になる。
「何があったか知らないけど、私はずっと快斗君の味方だから」
優しい言葉をかけられ耐えられなくなってしまった俺はついに目から大粒の涙を流し始めてしまう。そんな俺の様子を見たエレンは優しく頭を撫で始める。
「よく頑張ったね、もう我慢しなくていいから」
エレンは俺が泣き止むまでそばにいてくれた。ようやく落ち着いた俺は帰り道を歩きながらゆっくりと今日の出来事をエレンに話し始める。黙って俺の話を聞いていたエレンだったが、全て話し終えたところで口を開く。
「水瀬さんって本当最低、元々あまり良い印象は持って無かったけどそこまで酷い女とは思って無かった。快斗君のおかげで成績が伸びたはずなのに、その好意を踏みにじるなんてちょっと私は許せそうにない」
まるで自分の事のようにエレンが怒ってくれている様子を見て、俺は少しだけ救われたような気分になる。そんなエレンの優しさが本当に嬉しかった。
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