第29話 混沌

試合の後は中々悲惨なものだった。観客席からは悲鳴が上がって失神する者もいたらしい。まぁそれに子連れもいるからな。サッカーだとか野球を見るのと同じ感覚なんだろうな。さて、どうしてこんな阿鼻叫喚な状況になってしまったか。答えは簡単。体に溜めていた精霊の力が首を刺されて暴走した結果、ステイリィ女史は見るも無惨.....まぁ俺のした事だから言うのは随分と気が引けるのだが全身に大火傷を負ったらしい。試合が終わって落下も終わり、晴れて母なる大地へと俺は帰還出来た訳だがそこで見たのは慌てている医療スタッフ達だった。それは大分鬼気迫る勢いだったさ。あくまでこのバトルトーナメントは試合、スポーツなのだからまぁそれで死人が出ちまえば大問題だろう。運営は国だから首を切られるのは大体が彼ら医療スタッフだ。理由なんていくらでも出せるからな。判断が遅れただとかなんとか。

「とは言えこのアリーナは国教のそれはお偉い大司教様が大結界を張っているから死ぬ事はないと言っていた気がするが.....まさか死なないだけで植物状態にはなりますとかふざけた事抜かしてるのか?嘘は言ってないがそれはそれで景品表示法に引っかかりそうだな。」

そう一人で呟きながらもさてとこれからどうするかと自問自答していると「レイ!」と自分の名前を呼ばれ、振り向くとそこには今にも泣き出しそうな少女が小走りで此方に向かってきていた。

「おぉ、ファビアス。もう大丈夫なのかい?」

「大丈夫って.....レイさんの方が大惨事じゃないですかぁ.....お腹に大穴開けちゃって.....どれだけ心配したと思ってるんですかぁ.....後輩の知り合いの方に自分が怖気付いたからって大きな怪我させたなんて.....私ぃ.....」

カイル.....お前結構大事にされてたんだな.....

「大丈夫さ、寝れば治る。」

「そんな馬鹿な.....」

「知り合いにいい医者がいてね。王都に今来ているんだ。昨日会ってきたし大丈夫さ。」

「そうなんですか.....」

「そうさそうさ。だからそんな顔しないの。涙が出ちまうだろ?私には女性を泣かせる趣味は無いんだ。」

我ながら大分くさい台詞だ。俺もどうやら大分きているらしい。泣かせる趣味は無い、か。まぁ実際のところそれはそうなんだが口に出せるか普通。

「しかし医療スタッフ達は大分手こずっている様だね。国の運営するそれは大きなイベントだと言うのに。戦争で負けたとか大遠征軍を組んだだとかのニュースは見ていないんだがな。」

恥ずかしくなってきたので注意を逸らす様に単純な疑問を放つ。

「戦争が起きるのと何か関係があるんですか?」

「大有りだよ。いざ戦争をしようとなると今の兵隊だけじゃ足りない。だからそれは多くの兵士を徴兵する必要があるんだが.....まぁそれで戦争をして、何かの職のベテランが死んだら青二才どもにお鉢が回ってくるんだ。そうすれば単純なそれも人為的なミスが多くなる。」

「ふぅん?そうなんですか?」

分かっていない様だな。まぁ俺も深く理解はしていないから強く言えないんだがな。

「でも戦争.....他国との戦闘行為は余程の事が無い限り起きないと思いますよ。」

「何故だい?」

「だってうちの国」

此方を見上げる様にして言ってくる。

「永世中立国を謳ってるんですもん。」

それって.....

「スイスかこの国は。」

確かあともう二つくらいあった気がするが真っ先に出て来るのはこいつだろう。他が何かは是非とも読者諸君が調べてメールで銀河帝国皇帝カイル・サス・サイサルセッチュー宛に送ってくれ。バトルトーナメントが終わって、レイから抜けた後にでも見ておこう。

「え?」

「いや、何でも無い。ただの戯言だ。いつまでもここに居ては邪魔も邪魔だろうし控え室に戻ろうか。」

「え?あ、はい!」

そうして彼女と共に俺は歩き出した。




「え、後こいつ一本買えば20%割引されたのか.....弱ったなぁ。そういうところで運が無いんだな俺は。」

売店でファビアス君に何か買ってあげようと思って寄ったは良いが、一定の金額を超えると割引!ってのをしていたらしい。こう言うキャンペーンでも無理には買わない性分なんだがいざ店員に、しかもこのキャンペーンを知らないまま。「後これ一本買えば割引でしたね」なんて事を言われてしまうとどうしても損した気分になってしまうのだ。

「そうだなぁ.....まぁ幸い会計横に置いてもあるし買っちまえ買っちまえ。」

「良いのかい店員さん。」

「あぁ良いんだよ。さっきは面白い試合を見してくれたお礼だ。ほぅら買え買え。」

促されるままに追加購入して割引の恩恵を受けたは良いがブラックのコーヒーなんてファビアス君飲むかなぁ。疑問だ。って第一何か甘いもの買ってきてくださいって言われて寄った訳だからなぁ.....自分で二本飲むか。そう思いながら通路を歩いていると見覚えのあるフードを目深に被った人影がベンチに座っているのを見えた。

「よぉ。」

そう声を掛けると相手は此方を向いて苦笑いしている様だった。

「レイ選手じゃないか.....そんなに買い物してきて.....貴族学校のあの子にパシリにされたのかい?」

「されたんじゃない。自らパシられたんだ。」

「それは止めといた方が良いよ。あれくらいの年代の少女がそんな大人が近くにいたらきっと増長するさ。」

「分かっような口を利くなぁ君も。バラルタケル君。」

「なぁに私にもそんな少女時代があったのさ。」

「え?」

「は?」

完全に油断していた.....性別誤認が激しいな。この世界の女性は逞しい方が多い。とかこんな事を言うと団体様から抗議のメールが届いてくるな。口は災いの元と言う。

「あぁなるほど。」

理解してもらっては困りますバラルタケルさん。

「私だって青春している時期くらいあったさ。何も子供の頃から付与術を極める為に外部との接触を断とうなんてしていたわけじゃないさ。そもそも家系的には生活魔法くらいしか使えないし。」

良い方向.....であって欲しい方向に行ってくれたらしい。

「良くそれであそこまで付与術を極められたな。」

「おや、勝った対戦相手からそんな言葉が貰えるとはね。」

「君のおかげで苦戦も苦戦、大苦戦したからね。」

よっこらせと彼.....じゃない彼女の隣に腰掛けた。

「こいついる?」

「何だそれは。」

「コーヒー。店員に言葉巧みにもう一本追加で買わされちまった。」

「試合の外では騎士様も一介の売店の店員に負けるか。」

「悪かったな。」

「いや、どうせ緑髪のショートヘアの店員に買わされたんだろう?」

「あぁ、そうだが。」

良く分かったな。天才かこいつ。

「私も昨日余分に買わされた。」

何だ仲間か。

「案外ご縁があったな。」

「そうだな.....」

そう言った数秒後、彼女は咽出した。

「おぉい。大丈夫か。」

「いや.....これブラックだったのか.....」

「もしかして駄目だったか。」

「いや.....先に言ってくれ。」

「すまん。」

そう謝ると彼女はフッと微笑んだ。

「これはいくら温厚な私でも怒ってしまうなぁレイ選手。」

「弱ったな。」

「これくらいで弱らないでくれよ。他に何買ったんだい?その中から何かくれればそれで手を打とうじゃないか。」

彼女は袋を漁りながらそう言った。

「それじゃあだな.....こいつをくれ。」

「別に何でも構わないが.....何だそれは。」

彼女の持つそれは小さな瓶に果実の入ったものだった。

「何だそれって.....あんた自分が何買ってるか分かってないの?」

「売店で売ってるくらいだから食えるだろうとは思っている。」

「それもそうだね。」

納得されてしまった。

「果実を酢に漬けたものだよこれは。王都の方じゃあまり馴染みが無いようだが私の出身の方では良く食されているものなんだ。元は君のだし一つあげるよ。」

酢桃の様なものだろうか。

「それじゃあ一つ。いただきます。」

それなりに美味しいものだった。

「うん、美味しいと思うよ。」

「そうか.....なら良かった。」

暫く他愛の無い談笑を続け、5分が経過した頃だった。切り出したのは俺の方だった。それはステイリィはどうなっている?

「あぁ彼女か。ここじゃ手の施しようが無いらしく、近くの大きな病院に担ぎ込まれたさ。」

「そうか.....すまない事をしたなぁ。」

「試合の結果だ。彼女だって本望だろう。ところでなんだが」

此方を前屈みになる様に向いて言う

「あの光弾を曲げるのはどうやってやるんだ?」

一瞬呆気に取られた後、こちら側も口を開く。

「それ言っちまったら商売お終い閉店ガラガラでしょうよ。」

「閉店ガラガラ.....?いやそこじゃない。だって君『種明かしは試合の後だ嬢ちゃん!』って言ってたじゃないか。」

「言ってたぁ?そんなくさい台詞を?」

一々戦いで言った事なんて覚えていないとでも言える筈も無いので確認のつもりは毛頭無い確認だけは行っておく。

「言ってたさ。何カウント目で言ったかも記録してるぞ。なんなら記録した手帳を見してやろうか?」

「分かった分かった降参だ。気持ちの兜は脱がせていただきますよ。」

兜を脱ぐ動作を手で取りながらそう言ってみるも彼女はクスクスと笑ってしまった。そんなに面白いギャグかねこれ。

「光弾は魔力によって形成されている。」

「それは分かる。対魔力結界を使えと指示したからな。」

「そんな事言ってた?」

「ハンドサインだ。」

凄いものだね。まったく感心するよ。

「だから魔力操作を行えば出来る。はいこれだけ。」

まぁ実際理論はそれだけだしな。嘘は言ってない。

「そんなの.....視覚情報が足りなくないか?」

お、痛いところ突くね。

「空間認識能力が人より優れているんだ俺は。」

「ふぅん.....?まぁそう言うことにしておこう。」

「助かるよ。」

そう多少の皮肉のエッセンスの加わった言葉を述べるとよっこらせと立ち上がった。

「しかしだな.....レイ、君だって他人ステイリィの心配をできるような立場でも無いだろう。腹に穴開けて、左脚に大火傷でも負ってるんじゃ無いのかい?」

「まぁ全身大火傷の彼女に比べればそこまででも無いさ。」

「強いねぇ。」

「ま、腹に穴開けてるのは大分無理してるけどな。お陰でコーヒーを一口飲むのも一苦労さ。」

「そういや.....君試合からずっと全身の鎧を取っていないがそれで飲食出来るのか?」

「飲む時はこいつを使うさ。まぁ食べる時は流石に外すがね。」

ストローを持ち出しながら言う。

「なるほど。便利な道具もあったものだな。」

「銀河商会というところだ。」

「あぁ、あそこか。あそこは何度か利用した事がある。」

「評判良いのか銀河商会。」

「まぁ品揃えが良く、それでおいて斬新な商品が多いからな。いまいちどこを目指しているのか分からないほど展開しているが。まぁ手探りなんだろう。」

「そうか。まぁそうだな。」

さてと、じゃあそろそろお暇させていただくか。

「楽しかったよバラルタケル。また会おう。ファビアス君を待たせているのでな。」

「次は戦友として会えると良いな。」

「あぁ、そうだと良いな。ところで君、そんな目深にフードを被っていて此方が見えているのかい?」

「あぁ、生まれつき目に少し障害を負っていてな。あまり強い光を入れられないんだ。」

「なるほど。知り合いに良い医者が居るんだが紹介しようか?」

まぁオーベルシュタインだったら何か分かるかもしれないからな。

「いや、案外この目も気に入ってるんだ。お気遣いありがとう。と言うか君が早く医者にかかれ。」

「あぁ、無論そうするさ。」

じゃあなと付け加えて俺は歩き出した。さてと。ファビアス君を待たせているだろうか。まぁシャワー浴びて待ってると言ってたし丁度良いか。

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