第1章 第31話 いいよ、王子様

 「やっと終わった……」

 

 ぞろぞろと教室に帰っていく生徒を見ながら俺、海原雄志は大きく息を吐いた。


 「ずっと女の子の足みてたね」


 にやっと笑いながら幼馴染の新見遥が俺の方をちらっと見てきた。


 「みてない」

 「ほんとに?」

 「ほんとに」

 「ふともも好きでしょ?」

 「好き」

 「うわっ」

 「嘘はつけない」

 「はいはい」

 

 生徒会として初めての人の前にたったからかどっと疲れた。

 俺は人前に立ちたくないしできれば陰にいたい。

 けどこれも遥のため。

 遥の役に立ちたい。あの時俺を支えてくれたように。


 コツコツコツ――


「二人ともお疲れ様です。雄志君も生徒会の挨拶ありがとうございました。」

「望先輩!無茶振りはやめてくださいよ……。せめて昨日いってくれればよかったのに」

「昨日伝えたら了承してくれましたか?」

「してません」

「しろよ」「ですよね」


 遥と望先輩の声が重なってふふっと笑い声も重なる。


「先ほどのは生徒会長としての権限です。たまにはいいですよね?」

「うっ……。はい」


 望先輩にここまで言われたら、もう何も言えない。いつも迷惑かけまくってるから。


「うわっ!」

「望、珍しく後輩をいじめてるじゃん!」


 そう言いながら望先輩に抱き着いたのは副会長の渚先輩だ。


「渚やめてください。離れてください」

「望こわい~」


 冷ややかな目を向けられた渚先輩はなぜかにやにやと笑っている。


「おふざけはいいですから私たちも教室に帰りましょう。」

「「はい」」「はーい」


 先輩たちに挨拶をした後、まばらになった体育館をあとにした。

 


 「ねえ、逃げていい?」


 廊下を歩いているだけなのに左右の教室からの視線が痛い。


 「さすがに悲しむよ?」


 いつもの優等生の顔をしながら小さい声では遥が答えた。

 

 「遥さん、ちょっと人気ありすぎでは?」

 「それはあなたでは?雄志君?」

 「いや、俺ほとんどしゃべったことないよ……。人気者のお姫様とは違うよ」

 「あなた王子様って呼ばれてるけどね」

 「は!?」


 王子様……?いやどゆこと?

 どこがどうなって王子様?

 顔だけ?顔だけ王子様?もうそれは半分いじめだろ。


 「ほんとにやめてくれよ……」

 「そゆこと」


 なるほど。遥もいい気分だけじゃなかったのか。


 「ごめん」

 「いいよ、王子様」

 「ありがと、お姫様」


 俺は恥ずかしさを消すようにいつもより大きく教室の扉を開けた。


 ――――――――

 「……というわけで文化祭の応援団参加する人たちはこの後、参加希望の紙を出してください」


 「雄志君、雄志君」

 

 私、松原風香は隣でぐっすりと寝ている雄志君に声をかける。もちろん周りには聞こえないように。


 「うーん」


 えっと、これ起きてるのかな?いや、でも寝てるよね。起こした方がいいよね。


 「ゆ、雄志君。おーい」


 「うーん」


 ほんときれいな顔。もし雄志君が女の子だったら遥ちゃんみたいな感じなんだろうなぁ。

 なんで自分で思って自分で私傷ついているんだろ……。


 「おい、海原」


 先生に見つかっちゃった。ごめんね、雄志君起こせなくて。


 「は……い?」

 「それでも生徒会か?人の話ぐらい聞け」

 「はい……」


 うーん。はいって言ってるけどこの雄志君は寝てる雄志君だ。隣の席から雄志君を見てだいぶわかるようになってきたんだけど、こういう時は大体寝てる。


 「まあ、もう終礼は終わるから夏休みはめをはずしすぎないようにな。じゃあ、また二学期に」


 先生はそう言って教室を後にした。


 「雄志おきろ~」


 大輝君と良太君、紗季ちゃんが雄志君を起こしにきた。


 「さっきすごい緊張していたからね」


 ゆっくりと近づきながら遥ちゃんが笑いながら答えた。

 それよりさ、と言いながら紗季ちゃんが私の顔を覗き込む。


 「応援団どうするの?」

  「え?」


 いつもの私なら参加しようなんて考えない。

 でも、今年は独りじゃない。


 「さ、紗季ちゃんたちはどうするの?」

 「うーん。悩んでる。でも大輝は部活あるから無理でしょ?」

 「そうだなぁ。あと、雄志や、遥も生徒会だから無理だよな?」

 「うん。私たち生徒会は運営だからダメなんだよね」

 「紗季どうする?」


 良太君が紗季ちゃんを見つめる。じっと、ゆっくり。


 「うーん」


 大丈夫。今なら言える。今年やらなきゃ来年は無いかもしれない。

 自分に言い聞かせてゆっくりと深呼吸をして、


 「私と一緒に参加しない?」

 「「「「え?」」」」


 雄志君以外の声が重なる。

 さすがに意外だったのかもしれない。

 私から言うなんて。


 「い、いいけど、風香は大丈夫なのか?」

 「うん。ダメかな?」

 「「もちろん、いいよ」」

 

 紗季ちゃんと良太君が笑顔で答えてくれる。

 初めてだ。初めての友達と過ごす体育祭。

 嬉しさか笑みがこぼれているのがわかる。


 「おれ、みんなの分参加表提出してくるよ。いい?」

 「ありがとう」「よろしく」


 「じゃあ、3人で応援団がんばろー」

 「「「おー!!!」」」


 紗季ちゃん、良太君、私の声が教室に響く。

 放課後なので問題はないけど、ちょっと恥ずかしい。

 

 「いいなぁおれもやりたかったなぁ」


 大輝君が本当にうらやましそうな顔をしている。


 「ね」


 短く反応した後、ふと思い出したように遥ちゃんが、

 

「あ、応援団参加希望の人このあと体育館集まりじゃない?」

「うわっ。そういえば先生そんなこと言ってたな。とりあえず顔合わせだけとか」

「言ってたね」

 

 さっき雄志君おこすのに夢中で聞いてなかったところだ。教えてくれてよかった。


「俺も、バスケ部の集まりあるから途中まで一緒に行こ!」

「おっけー」

「あ、でもまえいってたカラオケはこの後行こうな!?」

「「「「「もちろん」」」」」

 

「「「「またあとでねー」」」」」

「いってらっしゃい」

 

 私たちは寝ている雄志君と遥ちゃんに手を振って教室を後にした。

 ――――――――――――――――――

 「もう寝たふりしなくていいんじゃない?」

 

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