第1章 第19話 「うん、頑張ってね」
会長、いや望先輩を駅までおくった俺は一人暗い夜道を歩いていた。
まさかあんな先輩だったとは。本当にいい意味で完璧な人だ。
きれいでかわいくて仕事できて頭もいいのに、ノリがよくてお茶目さんとかもう完璧じゃん。
手には、望先輩がおごってくれたダークモカチップフラペチーノとかいう女子高生の人気の飲み物がある。
さすがに先輩とはいえ女性に出させるわけにはいかないので財布を出そうとした時も、
「海原君、ここは私が出しますよ」
「いや、さすがに悪いですよ」
「先輩の顔に泥を塗るつもりですか?後輩は後輩らしく私におごられてくださいね」
とまで言われたらさすがに従うしかなかった。
「うまい」
すでに半分ぐらい飲んだがそれでもまだおいしい。
店の名前は知っていたが俺なんかが行けるわけがないので行ったことがなかった。今度機会があれば遥と一緒に行ってみよう。
夏の夜は過ごしやすくて好きだ。星や月を見るのにもちょうどいい。
深夜たまに目が覚めたり寝られないときは散歩もする。まあ、そのせいで朝起きられないときもあるけど。
すこしひんやりとした夜風が肌をなでる感触は何年たっても気持ちいい。
ポーン、ポーン
どこからかピアノの音が聞こえる。
曲ではなくて単音を鳴らすような音。昔すこし習っていたし今でもクラシックを聴くからかなんとなくわかる。
かなりうまい。プロとまではいかなくてもそこら辺のピアノを習っている人とは比べ物にもならないぐらいにはうまい。
駅から帰ったのでいつもとは違う道であまり通らないからか初めて聞いた音色だ。
夜空へ吸い込まれるような音色に、耳を傾けながら俺は家に帰った。
――――――――――――
私、松原風香はそわそわしていた。
家帰っていつもなら家事をしてご飯を食べてお風呂に入って宿題をする。
そんなルーティーンをするといつもなら11時を回ったぐらいになるはずだ。
なのに今日まだ10時なんだけど!?
なんならお風呂あがっていつもより丁寧にスキンケアしましたよ?
まぁ、でもなんでこんなに落ち着かないのかは私自身わかってるんだけどね。
ピロン
お目当ての人からのNineに持っていたスマホを落としてしまった。
「し、しびれた……」
スマホを両手で持って正座していたせいか足がしびれて動かない。
(ごめん、遅くなった。今大丈夫?)
(うん。大丈夫だよ!)
私はウサギさんのスタンプと一緒に送り返すとすぐに、
(通話かけてもいいかな?)
(うん)
と送り返したけど、これであってる?
え、本当に今から通話かかってくるんだよね。まだ心の準備が……。
ブーブー、ブーブー
スマホが震えだしたので深呼吸して画面を見ると
海原雄志
私の好きな4文字が画面に映し出されている。
これってすぐにでていいの?それともちょっとためた方がいい?
いやでも、もし出なくて切れちゃったら……
「風香、こんばんわ」
「こ、こんばんわ」
「ええ、なんか緊張してる?」
「ちょっと?」
「学校で話すみたいな感じで良いよ」
学校で話すときもちょっと緊張するんだけどなぁ。
「うん」
「今日ごめんね、急に通話さそっちゃって」
「全然大丈夫だけど、びっくりしちゃった」
「ごめんごめん。生徒会のこと教室では言いにくくて」
「うん、大丈夫だよ」
新見さんと生徒会に呼ばれたことは聞いたけどそれ以降のことは聞いてないし、正直気になりすぎて午後の授業あんまり集中できなかった。
私はベッドに横になって少しあいているカーテンの隙間から夜空を見つめた。
「単刀直入に言うとさ、生徒会に誘われたんだよね」
「え?」
「えっとね、生徒会が今人手不足でそれで……」
「まってまって、それでなんで雄志君になるの?」
「会長が言うには――――――――――――」
雄志君は今日生徒会室であったことを丁寧に教えてくれた。
そして今まだ悩んでいることも。
「風香はどうしたらいいと思う?」
そんなのは入って欲しくない決まってるじゃん!
やっと最近話せるようになって、篠原さんたちとも仲良くなってきたのに生徒会入っちゃったら一緒にいる時間減っちゃうかもだし何より……新見さんとなにかあるかもしれないじゃん。
もともと雄志君と新見さん仲いい幼馴染って聞いたし確か今、生徒会って1年新見さんだけだよね。
でももし嫌だっていって嫌われたらどうしよう。すごく嫌だけど……、
「雄志君のしたい方がいいと思うな。私は応援するよ」
できるだけいつもの声で私は言った。
「そっかー。うーん、どうしよっかなぁ。まぁ今度体験でもしてみよっかな」
「うん、頑張ってね」
「ありがと、風香。あしたも学校だからそろそろ寝よっか」
「うん、おやすみなさい。雄志君」
「おやすみ」
ポロン
スマホを耳元から離して天井を見つめる。
もしあそこで「入らないで」って言ったらどうなっていただろう。
私のわがままに付き合ってくれたかもしれない。優しい雄志君なら多分そうしてくれた。だって、いつも自分より周りのことしか見てないもん。
だからこそ私は笑って雄志君を応援しないとダメ。まだ雄志君を好きと言える自信はないけれど、大切な人なのは間違いないしはっきりと言える自信がある。
めんどくさいなぁ、私って。
すこし開いているカーテンを完全に占めて、いつもより荒々しくベッドにまた寝転ぶ。
「おやすみ」
誰もにも届かない声が部屋の中をぐるぐると駆け巡る。
私が寝られたのはそれから随分と時間がたった後だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます