第1章 第13話 「やっぱ、俺は夜のほうが好きだな」

 「これとこれどっちにしよう?こっちのほうが使い勝手いいかな」


 風香がひらりと俺の前で回るとスカートもひらりと回る。

 周りの男が風香を横目で追っているのがわかる。その横にいる彼女さんたちであるであろう人達から殺気のようなオーラがひりひりと俺にも伝わってくる。

 俺、海原雄志は松原風香と放課後にショッピングモールに居た。いや、普通に考えてさこれデートだと思うじゃん?

 俺も風香に、


 「放課後付き合ってほしいところがある」

 

 って言われたときにはデートかと思ったよ?

 でも今ショッピングモールの……


 「これ今日特売なんだって!豚肉すこし多めに買っとこっと。雄志君も買う?」


 そう、スーパーにいるんだよ。ショッピングモールの食べ物打ってるところ。

 これをデートと言ってもいいのだろうか。そりゃあ、俺は独り暮らしだからありがたいけど。


 「うん。買っとくよ、ありがとう」

 「あと、お肉系でほしいのある?」

 「鶏肉とかあったらうれしい」

 「鶏肉ね、ならこっち!」


 おそらく100人いたら100人が美少女と言うであろう女の子が俺の前ではしゃいでいる。

 遥も幼馴染だから何も思わないようにしてるけど遥と風香はアイドルと比べても正直遜色ないどころかかなりかわいいと思う。


 「ねえ、雄志君?いつも夜ごはんとかどういうの食べてんの?」

 「自炊したりコンビニやスーパーで弁当買ったりだな」

 「週にどのぐらい自炊するの?」

 「そうだなぁ。週4、5かなぁ」

 「結構自炊派なんだね」

 「まあな。風香は前家の手伝いって言ってたけど飯作ったりしてんのか?」

 「う……うん。ほぼ毎日作ってるかな」

 「そっか、親御さん忙しいんだね」

 「うん」


 たぶん何かある。でも俺が足を突っ込んでいいところじゃない気がする。

 

 「今日ってさ……」


 長い黒髪をひらりとさせながらすこし下を向きながら「ふう」と大きく息を吸って


 「雄志君、家おじゃましていい?」

 「はい?」


 俺は止まった。空気が、世界が止まったように動かなくなった。

 えっと、この女の子は何を言われてる?

 遥は幼馴染だし昔から家によく来てたからまあぎりぎり大丈夫だけど……。

 さすがに同級生を誰もいない家に連れ込むのはだめですよね、俺。


 「えっと、風香さすがにそれはまずくないか?」

 「なんでー?」

 「いやだって、俺も男だし、危ないかもよ?」

 「雄志君はそんな人じゃないでしょ?」

 「そうだけど……」


 遥にばれても何も悪いことはない。

 でも、まだ遥に風香のことを言ってないからなんか嫌だ。なにか後ろめたいものがある気がする。


 「ごめん、今日はちょっと難しい。いつかまた来てくれ」


 俺は少し機嫌が悪いように言った。風香はすこし驚いた顔と複雑な顔を一瞬して、


 「うん。また今度お邪魔させてね」


 笑顔という仮面をつけたようにニコッと笑った。



 俺たちは買い物を済ませてゆっくりと歩いている。

 この時間は夕焼けのせいかすこし前を見るのがまぶしい。


 「ありがとね」


 ぼそっとつぶやかれた風香のその言葉になんて返そうとゆっくりと前を見る。


 「まぶしいね」

 「え?う、うん」


 俺もなんでまぶしいなんて言ったのかわからない。けど考えるより先に言葉が漏れた。


 「俺さ、風香も気づいてる通り誰かとしゃべるの苦手なんだよ。遥は幼馴染だから話せてたけど学校じゃ話さないし」

 「うん。私もだよ。だったよだね」

 「だから、風香と話せるようになってすごくうれしかったんだ。だから守りたいと思って守った。ただそれだけだよ」

 「それだけでも私にとってはすごくうれしいことなんだよ。雄志君も獅子原君たちにもありがとうだね」

 「そうだな」


 やっぱり、まぶしい。

 ただ前を向くだけで涙が出てくるぐらいまぶしい。

 前を向くのはすごく難しくてしんどい、涙が枯れるほどに。

 でも、遥、風香、篠原さんたちのおかげであの日の俺から一歩、二歩と少しづつあるいているような気がする。


 「じゃあ、私こっちだからばいばい」

 「あ、あぁ。はいこれ、じゃあね」

 「ごめんね、私の分も持ってくれて」

 「これぐらい全然、気を付けてね」

 「うん、また学校で」


 そう言って風香はまぶしい太陽に吸い込まれていく。

 俺は陰になっている道に曲がって、いったん水分を取る。


 「やっぱ、俺は夜のほうが好きだな」


 明るすぎる空に俺の言葉は吸い込まれていった。



 ぼすっ

 俺はベッドに飛び込んで沈みそうになる意識を無理やり戻す。

 オタクの時間はここから始まるのだ、寝てなんかいられない。

 とりあえずログボ周回をしなければならないのが先にNineを開く。

 あ、そういえば朝に風香から放課後暇か聞かれてたか。美術室でのことで完璧に忘れて舞い上がってしまったじゃん。

  Nineの友達も当たり前に母親と遥、風香しかいないのですぐにログボ周回に戻る。


 ん?遥から?

 遥から通話がかかってくるんことは珍しいわけではないが基本その前にメッセージでいま暇?とか言われるから急にかけてくるのはかなり珍しい。

 俺はすこし緊張しながらスマホの画面をおす。


 「やっほー、雄志」


 いつもの遥だ。


 「やっほ、遥」

 「いま暇でしょ?」

 「おい、俺を暇人みたいに言うな。まあ暇だけど」

 「最近さ、松原さんたちと仲いいね」

 「うん。それで、遥に言わなきゃいけないことがあるんだ」


 せっかく遥が作ってくれた説明の機会を逃すわけにはいかない。

 俺はゆっくりと時間をかけながら遥と話すようになったきっかけと篠原さんたちとの出来事も説明した。もちろん、風香と幼馴染という設定も。


 「そっか」


 風香は短くそれだけ言って、静かな時間を作った。理解しようと努力してくれているのかもしれない。もし理解されなくても仕方ない。だって完璧に俺のエゴなんだから。

 カーテンの隙間から月の光が迷い込んでいる。イヤホンにつないでベッドから立ち上がる。

 

 「ねえ、雄志?」


 いつもより落ち着いてゆっくりと遥の声が耳に伝わる。


 「私って雄志の隣に居られてる?」

「当たり前だ。遥がずっと横に居てくれたから今の俺があるんだぞ」


 もし遥がいなかったら俺はどうなっていただろうか。今日この夜空を見ることができたのかもわからない。


 「ならいいよ。松原さんや篠原さんにも宜しくね」


 さっきよりすこし高い声が伝わってくる。


 「あ、あと夏祭り行ってくれるよね?」

 「約束したじゃん。もちろん行くよ」

 「うん!そっかそっか~」


 すこし照れたような声が俺の体温も熱くする。


 「そろそろねるね」


 時計を見ると日付が変わっていた。夏は明るい時間が多いからか夜になるのが遅い。


 「うん。おやすみ、遥」

 「おやすみ、雄志」


 ゆっくりと目をつむったあと細く入る月の光とスマホの明かりだけが部屋を照らしていた。

 


 

 

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