第1章 第5話 やっぱり俺は幼馴染としか話せないらしい

「ここまでくれば多分大丈夫」

 「あ、ありがとう」

 

 俺がいつもご飯を食べている体育館のトイレの近くまできて息を整える。

 ここはほとんど人も来ないので大丈夫だろう。

 すこし息を切らしている上目遣いの松原さんと目が合い反射的に目をそらしてしまう。

 7月に入ってセミが本格的に鳴いているこの時期に全力疾走はやりすぎたかもしれない。

 汗が制服に張り付いているのがわかる。いやな感覚だ。

 

 「そ、その海原君……手……」

 「え?あっあっごめん!ほんとごめん」


 走っているときに手をつないでしまったことわすれてしまってた。

 俺は謝りながら手を放してもう一度謝った。


「ううん。大丈夫」


 松原さんの顔も走ったからか赤くなっている。

 もうすこしゆっくり走ればよかった。

 スカートをぎゅっとつかみなら息を整えている彼女は小動物に見えそうだがきれいな黒髪が女子高生には見えない大人っぽさをかもし出している。

 

「これからどうしようか」


 場の雰囲気を変えるようにそう呟いて思考を加速させる。

 反射的に松原さんを連れ出したせいでこの後のことはあんまり考えてなかった。

 でも、松原さんのあの顔を放っておくのを我慢できなかった。


「ごめんね、海原君。私のせいで」

「松原さんのせいじゃないよ。俺の意思」

「優しいね。海原君は」

「そんなことないよ。でもどうしようか……」

「あんまり学校でもお話してる方じゃなかったからみんなびっくりしてるよね」


 やっぱり君は優しい人だ。

 こんな状況になってもじぶんのことより人のことを考えている。

 こんな状況にしたのは全部俺のせいだ。

 連れ出すなんてことよりもっと他にやり方があったはずだ。

 もし俺がもっといろんな人と話せていれば……。

 いや、俺のイメージを逆に利用はできないだろうか。

 

 「1つ聞いてもいい?」

 「うん」

 「俺ってみんなの中でどんなイメージかな?」

 「か、海原くんのイメージ?」

 「うん」

 「えっとね、超ハイスペックってかんじかな?」


 多分めっちゃ言葉考えてくれたな。

 

 「ほかはないかな?」

 「ほか?えっと、うーん……。ごめんわかんない……」


 これはあれですね。俺が誰ともしゃべってないからわからないってことですね。

 言いづらくてごめんなさい。


「そっかそっか。ならさ――――――――――――ってのはどうかな?」

「え!?いや、それはさすがに……」

「ごめん、いやだよね。ごめん」

「ち、ちがう!嫌とかじゃない!」


 顔をぶんぶんと振って否定する松原さんをみておれもすこし笑いが漏れてしまう。

 

 「ほんとに?」

 「うん。でも私なんかが海原くんの――――だなんて」

 「私なんかじゃないよ?松原さんは、学校のたった一人の友達だし」

 「あ、ありがとう。でも細かいこと聞かれたらどうしよう」

 「それは今決めとこう」

 「――――――――――――――――――ってことにして――――――――――は?」

 「わかった!」

 「じゃあ、教室戻ろっか」



 

 「あの女誰?」

 「彼女?でもそんな気配今までなかったよ」

 「まじなんなの」

 

 校舎に戻って廊下を歩いてるとこんな言葉が廊下の左右から聞こえてきた。

 教室に着くと横目で松原さんを確認する。

 すこし手が震えている。こういうときどうすればいいのだろうか。

 手を握る?いや、むりむりさすがにむり。

 ゆっくり一度深呼吸をしてまず自分に心を落ち着かせる。

 俺のせいで大騒ぎになっているんだから俺がしり込みしていたらだめだ。

 俺を救ってくれたあの日、俺は遥の優しさと笑顔に救われた。

 俺はできるだけ優しい声でそしてすこしでも背中を押せるようにと願いながら、

 

 「がんばろな、風香」


 横にいる女の子にしか聞こえない声でそう呟いて扉を開けた。

 

 ――――――――――――


 「がんばろな、風香」


 となりの男の子から聞こえてきた声に私は目を見開いた。

 いつぶりだろうか、私の名前を呼ばれたのは。

 私の名前を呼んだ君は学校では見たことないくしゃっと笑っていた。

 毎日横にいて近くて遠かった君の笑顔。

 もうすこし君の横顔を見ていたいけど君は扉を開けて教室に入っていく。

 まってって言いたいけれど今言える状況でもないし言ったところで何をすればいいのかわからない。

 私から離れていく君の背中を追いかけながら教室に入っていく。

 

 「「「ねえ、松原さん!?」」」

 「はい!?」

 

 ほとんどしゃべったことのないクラスの女の子達から話しかけられ体がこわばってしまう。


 「海原君とどんな関係!?」

 「教えて教えて」

 「彼氏とか?付き合ってるの?」


 え、ちょっとまって?

 あなたたちとはほとんどしゃべったことないよ?そんなぐいぐいこれちゃうの!?

 女子ってこれが普通なの?私がおかしいだけですか?

 息ができない。しんどい。

 あんなに海原君が考えてくれたのにどうしよう。

 足はがくがくだし手も震えて泣いちゃいそう。

 ごめん……海原君。


 「幼馴染だよ」

 「「「え?」」」


 君はそこに立っていた。

 いつもより強く低く、そしてすこし震えた声で。


 「海原君と松原さんって幼馴染だったの?」


 目の前の女の子が目を輝かして迫ってくる。


 「う、うん。そうだよ」


 私は君の声に寄り添いながらやさしく、強く言った。


 「ごめん。あんまり学校では言わないでおこうってしてて。でももう隠す必要ないかな?」


 さっきとは違う笑顔で海原君が場をつないでくれる。

 私もなにか言わなきゃ。海原君の頑張りがむだになっちゃう。

 

 「え、えっとね。そうなんだよ。幼馴染だよ」


 チクッ

 私の胸に何かが突き刺さる。

 感じたことのない痛み。唾を飲み込もうとしても飲み込めないような感覚。

 この痛みはなに?

 私を守るための優しいウソが少しずつ私をむしばんでいく。

 ――――痛い

 それでも、今は助けてくれた君のために前を向かなくちゃだめだ。


 「えっとじゃあさ、海原くんと松原さんはつきあったりはしてないの?」

 「え!?い、いや……」


 直球すぎる質問にすこし驚いて声が詰まる。

 隣の男の子は一瞬驚いて私とは逆のほうをすこし見て言った。


 「うん。付き合ってはないよ」

 

 ズキッ

 やっぱり何かが私に突き刺さる。

 窓が開いているからか風のせいでスカートがひらひらと揺れている。

 風と一緒にどこか遠くにいま逃げれたら私は泣いちゃうのかな?

 自分のことなのに自分がわからない。


 「そっかそっかー。いろいろびっくりしちゃった」

 「ねー、私も」

 「私も付き合ってるのかと思っちゃたよ」

 「え、えっと、そんなんじゃないよ。じゃあ席に戻るろ、風香」

 

 ――――かわいい

 海原君、女子たちの勢いに押されてさっきより声が震えている。

 さっきまでの気持ちがすこし薄れてぷぷっと声が漏れてしまった。


 「ま、松原さん??」


 席について座りながら小声で聞いてくる。

 すこし困った顔の君もかわいい。


 「海原君ってかわいいね」

 「え!?えっ!?」

 「めっちゃ驚いてるじゃん。海原君なら言われなれてるでしょ」

 「そ、そんなことないよ……。と、友達に言われたことないし。気づいてるかもだけど俺そんなに人と話すの得意じゃないしさ」

 「じゃあ、話せる相手になるね」

 「ありがと。でもやっぱ俺幼馴染としかしゃべれないな」

 

 海原君はすこし天井をみつめてにやっとした。

 

 「幼馴染としてよろしくね海原君」


 見てない君にあえてウインクをしてみる。

 いつもはあまりできないけどすこし素が出せてるかも。

 

 「えっとさ、その呼び方なんだけど」

 「う、うん?」

 「幼馴染なのに苗字の呼び方ってあんまりなくない?」


 あ、そっか。だから海原君、風香って呼んでくれてたんだ。

 海原君の優しい柔らかさと尖った何かがまた私に突き刺さる。

 いまは、それに気づかないふりをしよう。


 「うん。えっと」


 海原君の下の名前ってたしか雄志だったよね。

 雄志君でいいのかな。嫌がられないかな?

 

 「ゆ……」


 下の名前で呼ぶだけのなのになんでこんなに私は恥ずかしがってんの?

 絶対顔赤いし、みんなこっち見ないでよ。笑顔を作るだけで精いっぱいなんだから。


 「ごめんごめん。いくら何でも名前呼びは急すぎた。ごめん」

 「い、いやそうじゃなくて……」


 やっぱりいつもの私に逆戻りしてしまう。でも、まだ雄志君って呼ぶのはすこし勇気がいる。

 ごめんね、雄志君。もうすこし心の中だけで呼ばせて。

 私はいつもよりおおめに空気を吸って胸に手を当てて落ち着かせる。


 「いつかちゃんとよぶからその時までもしよかったら」


 もう一度大きく空気を吸って、


 「風香って呼んでほしいな」


 そういってゆっくりと顔を上げながら君の目を見つめるとすこし見開いた後、君はまたくしゃっと笑って言った。


 「よろしくね、風香」

 

 ――――――――――――――

 「ねーね―聞いた?」

 「なにを?」

 「海原君のこと!」

 

 生徒会の用事から教室にかえっていた私は耳に入ってきたその声に足を止めた。

 昨日私の横にいた君は今日、私ではない女の子の横にいた。

 普通の高校生ならあり得るかもしれないが、雄志は学校で友達がいないし話す姿さえ見ない。

 私は耳を澄まして続きを聞く。


 「あの一緒に走っていった女の子!あれ松原さん?っていう女の子で幼馴染らしいよ」


 え……?

 私はすぐには理解ができなかった。

 廊下には冷房が付いていないせいか体中から汗が出てくる。

 持っている筆記用具すら持てないぐらい手が震えている。

 あついのに体が震えている。

 雄志の幼馴染は私だけだし雄志の横にいるのは私だけのはずなのに……。

 雄志のことだから何か事情があるのだとは思う。

 でも……でも……!

 やばい目の前がくらくらしてきた。

 まぶたが勝手に閉じてしまう。


 「きゃー!」

 「「新見さん!!」」

 


 周りの人達の声がだんだん薄れていく。

 雄志……、助けて…………。


 「遥!」


 ぼんやりとしていく私の目に映ったのは私の名前を叫ぶ私の幼馴染の泣きそうな顔だった。

 


 

 






 

 

 

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