第1章 第4話 君の横顔

 シャワーの水が今日の汚れを洗い落とす。

 つい数分前の遥の笑顔を思い出そうとしても別の女の子の顔をおもいだしてしまう。

 

 「松原さん……」

 

 俺、海原雄志は松原風香のことを思い出していた。

 外見がいつもと全く違うことは驚いたけどそんなことどうでもいい。

 一瞬見えた笑顔に隠れた寂しい、悲しいそして絶望の顔が鮮明に思い出される。

 あの日の、いやあの日から遥が救ってくれるまで俺はあの顔だった。

 まだ俺は松原さんに何か言える立場じゃない。

 でも、こんな俺とも話してくれる松原さんを見捨てるのは自分に腹が立つ。


 「どうしたら……」


 一通り体を洗い外に出ると一瞬の寒さを感じる。

 浴室の外から一気に冷たい、新鮮な空気が入ってきた。

 軽い咳ばらいをして深呼吸をすると冷たい空気が体を循環するような気がする。

 今日のことをリセットして明日に備えて自分を引き締める。

 俺の昔からのルーティーンだ。

 とりあえず、明日松原さんに声をかけてみよう。

 いつも彼女が俺に声をかけてくれるように。


 ――――――――――――

 「雄志ほんと料理うまくなったね。おいしかった、ありがとっ!」

 「遥に比べたらまだまだおこちゃまだな。ていうか多分遥が作った方がうまい」

 「いや、雄志の作った方がおいしい!」


 台所に運んでいる皿を持ちながらつい振り返る。

 

 「うわ!?」


 私はぎゅっと目をつむる。

 

 「あぶなっ」

 「え?」

 

 今度は急に体が軽くなり背中に暖かさを感じる。


 「大丈夫か?」

 

 雄志の顔が近い。

 いまご飯食べたばっかりだけどねぎとか挟まってない?大丈夫?

 そんなことを考えてるのは私だけで支えてくれている雄志は心配そうな目をして私を覗き込んでくる。

 

 「う、うん。ごめん。大丈夫」

 

 雄志も私も次の言葉が出てこない。

 出会ってから年を重ねるにつれてお互いある程度の距離を保っていた。

 こんな近く顔を見るのも何年ぶりだろうか。

 出会った時とは違う男の子の腕、手、そして力強さ。

 首元から見えるきれいな鎖骨、シャンプーかリンスだろうか髪の毛からいいにおいも香ってくる。

 慣れているはずの雄志の家で慣れていない雄志の香りを鼻をかすめる。

 

 「ご、ごめん」


 私の姿勢を直して背中から雄志のぬくもりが消える。

 え?まって?今雄志に偶然とはいえはぐされてたってこと?

 顔が熱い、多分今顔真っ赤だ。

 雄志のほう向いたらばれちゃう。

 

 「じゃあ、私皿洗うね」

 

 私はすこし早足で台所に向かう。

 

 「いや、俺洗うから拭いてもらっていいか?」

 「え?私洗うよ」

 「しみたらどうするんだよ」

 「えっ」


 私は少し動揺した。

 今日生徒会の手伝いで手を切ってしまった。

 大きい傷でもないし目立つところでもないので絆創膏も張っていない。

 よく見てないと、ちゃんと私をみてないと多分きづかない。

 

「ずるいよ……。そんなの……」


 声にならない声が漏れる。

 私が動揺している間に雄志はすでに洗い始めている。

 すこし傷をしているからってソファで座っているだけだと手持無沙汰になる。

 あんまり水に触れないで、でもちゃんとやることがあるように食器を拭くことを提案してくれた。

 もし君が私以外ともたくさん話せるようになったらこんな時間はないのかもしれない。

 

「タオルそこにあるやつ使って」


 雄志の声で一人の世界から連れ戻される。

 

 「はーい」

 

 白いタオルを持ちながら一生懸命に笑う君の横顔をついみてしまう。

 男の子らしい腕や首筋、私がおもうより男の子になっていてそれでもまだあの出会った時の君がある。

 これから先私は君の横に居られるのだろうか、1年後のよる君の横には誰がたっているんだろう。

 もしその時横にいるのが私じゃなくても、今はまだ……。


 「ねえ雄志?」

 「ん?」

 「いまのままでいてね」

 「ずっと陰キャってこと?友達欲しいよ?」

 「私、友達じゃないの?」

 「幼馴染でしょ」

 「そっか」

 「そうだろ」

 


 「外、今日涼しいね」

 「そうだな」

 

 ごはんの片づけをして一息ついた後私が帰ろうとしたら雄志に送るって言われて外に出たところだ。

 「家横だから送らなくていいのに」

 「そういうわけにはいかねーだろ。こんな時間に女の子一人歩かせられねーよ」

 「お、女の子!?」

 「え、だってそうじゃん」

 「そ、そうだけどさぁ。でもありがと」

 「ってもうついたな」

 「うん。ありがとね」

 「いえいえ。おやすみ、遥」

 「おやすみ、雄志」


 「ふぅ……」

 

 閉じた玄関にもたれかかる。

 冷たくてかたい感触が伝わってくる。

 まだ0時を回ってないけど、明日もしかしたら1番に言えないかもしれないから心の中で君言うよ。


 誕生日おめでとう。



 ――――――――――

 いつもと変わらない16歳の朝を迎えた。

 昨日よりもまた一段と暑い朝、遥と母さんから通知が来ている。

 俺はいつ通り支度していつも通りの時間に家を出る。

 誕生日というのは友達や恋人が祝ってくれるのかもしれない。

 だがあいにくそんな友達はいないし、恋人なんていない。

 俺はいつも通りに登校しいつも通りに席に着く。

 ――――――いた。

 今日はすこしでもはなしかけよう。

 

「お、おはよう。松原さん」

「おはよう、海原君」


 やばい会話が終わってしまった。なに話せばいいんだ?


「あ、き、昨日の格好じゃないんだ」

「え?あ、う、うん」

「何か理由あるの?」

「えっ、いや別にないけど……」

 

 まただ。

 昨日と同じようにまたすこし顔が曇った。


「もしよかったらさ?昨日の格好のほうがいいと思うな。眼鏡外して前髪軽くして、みつあみじゃなくて髪おろすとか」

「そ、そうかな?変に浮かないかな?」

「松原さんなら大丈夫だと思うよ。すごくかわいかった」

「ふぇ?え、えっと……」

「あ、ごめん、えっと困らしたかったわけじゃなくて」

「う、うん。ありがとう」


 あたふたとする松原さんを見ながらすこし笑ってしまった。

 ちなみにここまでめっちゃ小さな声でしゃべっているので誰にもきかれていないはず。たぶん。

 今日はこれ以降しゃべれなかったが大進歩だ。頑張ったな、俺。

 その後学校が終わり、遥の家に行き誕生日会を開いてもらった。

 今年も母さんは帰ってこられなかったが仕事ならこっちが我慢するしかない。

 まあ、あんまりいってもマザコンみたいだし。

 ごちそうを食べさせてもらい遥やご両親と話してその日は終わった。

 事件が起きたのは次の日だ。


 俺はいつも通り数人の女子に話しかけられた後逃げた後男子2人組の後に歩いていた。

 

 「なあ、今日しらないすっげー美人が学校にいるらしいぞ」

 「どゆこと?転校生?」

 「いや、名前忘れたけど元からいる人?」

 「いやもっとわからんけど?3大お姫様のこと?」

 「いやいや違うらしい。確か1年の名前は……」

 

 俺は心臓がとまるような感覚に陥った。

 まさか本当にしてくるとは。

 あれほどの美少女が学校にいたら噂にならないはずがない。

 教室まで全速力で駆け抜ける。

 ところどころに女子から話しかけられたが元からしゃべれないし今はそんな余裕ない。

 教室の前に男子たちが集まっている。

 たぶん見に来たんだろう。


 「松原さん!」


 俺の声が教室中に響き渡る。

 あれだけうるさかった教室が一瞬で静まり返った。


 「か、海原くん……」


 男子の囲まれて涙目になっている松原さんが振り返る。


「ごめん、松原さん。逃げるよ」

 

 俺はとっさに松原さんの腕をつかんで教室を走り出た。

 夏の蒸し暑い空気が肌に触れて汗が落ちる。

 周りが叫んでる気がするが振り返らない。

 一瞬の今が永遠の時間に感じてしまう。

 いつのまにか手を握っている女の子と一緒に夏の空に駆け出して行った。


 ――――――――――

 「雄志……?」

 昨日まで私がよこに居たその男の子は、私の知らない女の子と手を繋いで過ぎ去っていった。



 

 


 

 

 


 

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