第152話 接触者


「あいつら止まっているぞ。もしや、俺たちのことがバレたのではないか!?」

「そんなはずはない。ヒューム程度にバレるような尾行はしておらんだろうが。しかし、あのような貧弱そうな者に同胞がやられるか?」

「馬鹿者、良く見よ。やつの従えている魔物を。戦うとなれば禍々しいオーラを放つあの傑物こそが我らの最大の敵となるだろう」


 俺たちの方へ歩いてきたのは3人の獣人だった。すでに互いに視認できる距離で、話している声が聞こえてくるのだが……相手はどうにも物騒なことを口にしている。


「ハイトさん、穏便には終わらなさそうですね」

「ええ。まずは相手がプレイヤーかどうか、確認しますか」


 俺たちは兎狩りをしていたため、武器はすでに手にしている状態。そのままさりげなくいつでも使える位置に持っていく。まずは会話でどうにかできないか試みるが、いざとなれば戦えるようにしておくのだ。


「すみません。さっきから俺たちについてきてるみたいですけど、何か用ですか?」

「なっ!? き、貴様、我らに気づいていたというのか!! 同志、猿飛。この者、なかなかの強者のようだぞ」

「気配を読まれただけでそう騒ぐな、烏丸。我らも奴の気配を読んで追ってきたのだ。やっていることはそう変わらぬ」


 声をかけると鳥頭の獣人が喚き散らす。自分たちの気配が察知されていたことに驚いたらしい。だが、猿頭の獣人は全く動じておらず、それどころがバレていても問題ないといった感じの物言いだ。


「それでヒュームよ、我らに何の用かと問うたな?」

「ええ。理由もなく人を尾行なんてしないでしょう」

「それはそうだ。では、その問いに答えてやろう。我らは同胞を殺したモノを探しているのだ。そやつが死したファーレンを訪れて手がかりを探していたのだが、なかなか有用な情報や物は見つからず。どうしたものかと途方に暮れていたところで、先程微かに同胞のニオイがする者を見つけたのだ」


 猿の獣人が事情を説明してくれた。どうやら彼等の仲間の獣人がファーレンで殺されたらしい。その仇を探して1月前から行動しているが、相手の尻尾は掴めずに手詰まり。そんなときたまたま町中ですれ違ったヒュームから死んだ獣人のニオイがしたということらしい。

 そして俺の問いに対しての答えからしてニオイがするヒュームというのは俺かイッテツさんのことだろう。あと今の話からして彼等はプレイヤーではないな。わざわざプレイヤーがこんな設定を作ってセリフとして覚えてまで話しかけてくる理由がない。仮にPKでもそこまで手の込んだことはしないだろう。


「なるほど。先程のあなたたちの会話からして……それが俺たちのどちらかだということですね」

「その通り。この同胞戌亥が、話してる貴様からニオイを嗅ぎつけたのだ。どうやら貴様は話が分かるヒュームだと見える。だからこそ、1つだけ問う。貴様は狼の獣人を殺したか?」


 猿頭の獣人からとてつもない圧が放たれた。かつて怨嗟の大将兎という圧倒的強者と対面したときのことを思い出す。


「うっ……なんだ、これは…………」


 イッテツさんは初めての経験なのだろう。顔を歪めて、地面に膝をついた。

 俺の方はなんとか立った状態を保っている。


 このまま戦うことになれば両隣の犬と鳥の獣人はどうにかなる気もするが、この猿だけは無理だ。おそらく妻にパルムやバガードを連れていても勝てないだろう。何より無防備な状態のイッテツさんを庇いながら戦うのは無理がある。

 だからここは彼の質問に嘘偽りなく答える他ない。


「俺は狼の獣人を殺していない。というより、まず人を殺したことがない」


 俺は真実のみを口にした。


「ほう。烏丸よ、奴の真意を覗き見よ」

「承知した」


 猿から放たれる圧とはまた別種の不思議なオーラのようなモノが鳥の両目に宿る。


「同志、猿飛。こやつの言っていることに偽りなし。本当に殺しはしていないようだ」

「そうか」


 鳥の発言と共に猿から放たれていた圧が四散する。先程までの体の重さは嘘のように消えた。イッテツさんもそのことに気づき、ゆっくりと立ち上がった。


「ハイトさん、さっきのはいったい……」

「詳しいことは俺にも分かりません。ただ、発生源は猿頭の獣人だということだけは確かです」

「そうですか。それにしてもよくあれに耐えられましたね」

「このゲームを始めてすぐに似たような経験をしたので」

「それはまたすごい経験を。工房に閉じ籠っている俺とは大違いだ」


 イッテツさんが元気を取り戻してきたところで、猿頭が再び口を開く。


「ヒュームたちよ。さっきは失礼なことをした。謝罪する。同胞の仇である可能性があったのでな、威圧せずにはいられなかった」

「いえ、今はもう解放してくれているので大丈夫です」

「ふむ、貴殿はなかなかに心が広いな。だが、我らが迷惑をかけたのは事実。詫びというわけではないが、夕食をご馳走させてはくれないだろうか」


 俺は返事をする前にイッテツさんの方を見る。


「俺はどちらでも」


 あんな目に遭ったというにも、彼等と共にご飯を食べるのは嫌じゃないらしい。


「お言葉に甘えて、ご馳走になります」


 こうして俺たちは奇妙な出会い方をした獣人たちと共に夕食を取ることとなった。



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