第151話 穏やかな草原と不穏な気配
「ごめんなさい、マモル君」
路地裏に移動してしばらく、モフアイさんがようやく落ち着きを取り戻す。そしてマモルから少し距離を取ったまま謝罪の言葉を口にした。
マモルの方を見ると、未だに警戒して自分からは距離を詰めようとはしないが、相手の様子から気持ちは汲み取ったようで牙を剝き出しに威嚇するようなこともない。ただ、それがモフアイさんに正しく伝わるかは別の問題である。
「許してもらえませんよね。本当にすみませんでした。もうマモル君に触れようだなんてしないので、いつかまた会えたら嬉しいな……なんて。それではご縁がありましたら、また」
肩を落とした彼女はそう言い残して、俺たちの前から消えていった。
「まさかこんなことになるとは」
「僕も予想していませんでした」
予想だにしていない展開の連続で俺たちは少し疲れてしまった。だが、1番精神的に辛かったのはマモルだろう。お詫びというわけではないが、行きたいところがあるようなら今から連れて行ってあげようかな。
「マモル、どこか行きたいところはあるか? もしあるなら、俺たちの用事に付き合ってもらったお礼に付き合うよ」
そう言うとマモルはある方向に頭を向け、尻尾を振った。
「そっちにあるのか? じゃあ、先を歩いて案内してくれ。俺は後ろからついていくから。あっ、イッテツさんはどうします?」
彼は鍛冶で忙しい身だ。モフアイさんとの挨拶に立ち会ってもらえただけでもありがたい。
「この後は暇なのでご一緒しますよ」
――――マモルを先頭に移動すること20分。俺たちはファーレンの外にいた。なんとマモルが行きたかった場所は穏やかな草原だったようだ。
「まさかこのフィールドにくることがあるとは」
「もしかしてイッテツさん初期のレベル上げからファス平原の方でやってました?」
「ええ。あのときは他の鍛冶師たちと一緒だったので。多少リスクが上がっても、効率の良い方を選びました。僕としては鍛冶がメインでそれ以外はおまけという感覚でしたから」
穏やかな草原はファーレン周辺で最も敵が弱い場所である。そのため初心者のレベル上げにもってこい、と思われたのだが敵が弱過ぎて大半のプレイヤーはそこを飛ばしてファス平原で冒険をスタートさせることが多い。俺の場合はなぜか狂ったように一晩中、マモルと一緒に兎狩りをしたこともあったがあれは例外である。
「おっと、話している間にマモル君は一角兎を狩り始めちゃってますよ」
イッテツさんの言う通りマモルはすでに戦い始めていた。ただ、今のマモルは強過ぎるのか一角兎は戦おうとせずに逃げ回るばかり。それでも速さでマモルの勝てるわけもなく、鋭い牙で首元を裂かれて絶命していた。
「ほんとだ。どうします、僕らもやりますか?」
「見ているだけというのもあれですし、ほどほどに倒しましょうか」
イッテツさんは腰に装備していた小さなハンマーを手に持ち構える。そして周囲に潜む一角兎を探す。
「いた!」
声を上げたイッテツさんは獲物へと駆け寄るとハンマーで殴打。どうやら彼もまたこのフィールドで戦うには少々強過ぎる様子。一角兎は一撃のもと倒されたのだった。
よし、俺もそろそろ兎をやるか。と言っても今さら剣や魔法で倒すのもおもしろ味がない。ここはスキルと武器は用意したものの、まだ実践では使ったことのなかった槍で戦うとしよう。
熟練度が低くても基本姿勢はスキルが教えてくれる。そして獲物は気配察知ですぐに見つかる。一角兎に逃げられないようゆっくりと近づき、槍の攻撃範囲に相手が入ったところで突きを繰り出す。ここでも意識すればアシストによってどう動かすべきか分かるためそれに従った。
槍先は草むらで吞気にあくびをしていた白い兎の胴体へと真っ直ぐに進み、貫いた。
「流石にこのレベルの相手だと武器を変えても簡単に勝てるか」
やる前から薄々分かってはいたが、槍の練習相手にするには一角兎は弱過ぎるね。
「ハイトさん、ついに槍デビューですか?」
先程倒した一角兎を解体し終えた、イッテツさんがこちらへ歩いてくる。
「ええ。でも、一角兎じゃ手ごたえがいまいちで」
「武器も僕が作った鉄の槍ですしね。流石に低レベルかつ初期装備でも倒せるように設定されている一角兎相手では練習にもならないでしょう」
イッテツさんと会話しながら、倒した一角兎を解体する。そして次なる獲物を探そうと思っていたところで、気配察知に人の存在が引っかかった。
もしかしたら第2陣のプレイヤーだろうか。ゲームの腕に自信がない者やチュートリアルは念入りに確認するタイプの人間なら、穏やかな草原から冒険をスタートすることも十分に考えられる。ただ、動きからして俺たちの方へ真っ直ぐに進んでいるのは気になるな。
「イッテツさん、誰かがこちらに近づいています。敵、ではないとは思いますが、一応警戒お願いします」
「了解しました。このゲームにもPKはいますからね。その方が無難でしょう」
俺たち2人がそんなことを話していると、さっきまで少し離れていたところで狩りをしていたマモルも戻ってきた。この子も気配察知を持っているので、同じタイミングで人の接近に気づいたのだろう。
相手はただの初心者か。それとも何かしら目的があり、俺たちに近づいてきているのか。トラブルが起きるのは嫌なので、できれば前者であって欲しいな。仮に後者でもPKなどの厄介な奴らでないことを願うばかりだ。
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