第139話 虫


 妻の案内で湖畔を移動する。彼女がずっと欲しがっていた畑はクランハウスの裏、湖とは反対側に作られていた。家の裏と言っても太陽の位置も考慮されているため、クランハウスの影で日が当たらないということもない。


「おぉ~、ちゃんと畑だね」


 木の柵で囲われた畑は他の場所と違って、土がしっかりと耕されている。それに何やら小さな芽が等間隔で生えてきていた。


「私が自力で耕したの。結構しんどかったな~」


 自身の畑を眺める妻の顔はとても良い笑顔だった。きっと苦労して作った分、思い入れが強いのだろう。


「お疲れ様。仕事がなければ俺も手伝えたんだけど……ごめんね?」

「いいよいいよ。いつもハイトに手伝ってもらってばっかりだし、たまには1から自分だけでっていうのも楽しかったから」


 俺も錬金術をするときは最初から最後まで自分でこなす。新しいアイテムの作成に成功したときは達成感がすごいし、妻の言うことも理解できる。


「楽しめたなら、よかった。サブ職業を農家にした甲斐があったね。ところで今は何を植えてるの?」

「実はね、畑が完成したときに大工さんたちから植物の種をもらったの。せっかくだから、まずはそれから育ててるんだ~。ただ、何の種かは生えてきてからのお楽しみだって、教えてくれなかった」


 俺が今まで見たことある植物といえば、薬草や月光草。あとはレッサーコングが好きなアップルンに八百屋で買った野菜や果実だけだ。全部合わせても10あるかないかくらいなので、初見の植物の可能性も十分にありそうだ。どうせなら、そっちの方がおもしろいので未知の植物が育ってくれることを祈ろう。


「なるほど。どんな植物が生えてくるか、今から楽しみだね」

「無事に大きくなったら収穫は2人でしよっ!」


 これで畑については確認ができた。あとは風呂がどんな感じなのか見たいところなんだけど、その前にバク丸と会わなければならない。妻が言うには畑で何かをしているようだが…………ん?


「もしかして、あれってバク丸?」


 畑の片隅に土で体を汚した水色の球体が転がっている。


「うん、そうだよ。悪さはしないからいいけど、畑ができてから1日に1回はここにくるようになっちゃったんだ」

「そうなのか。どうしてなんだろう? 1度、声かけてみるよ」


 バク丸は日陰やひんやりとした床が大好きだ。なのに日中に直射日光が当たる畑なんかに出てきてどうしたんだろう。日を避けるよりも優先したい何かがこの畑にあるということか?


「お~い、バク丸久しぶり」


 バク丸の方へと近づいて声をかけると、ブルブルと震えながらこちらを向いた。


「バク丸が外にいるなんて珍しいな。何かあったのか?」


 疑問をそのままぶつけるもバク丸は答えない。代わりになぜか移動し始める。仕方がないのでその様子を視線で追うと、バク丸の前にバッタのような虫がいるのが見えた。魔物かと思った俺は即座に鑑定をした。




ショウリョウバッタ

レア度:1 品質:低

草を食べる昆虫。発達した足で自身の体長の何倍もの距離を跳ぶことができる。また畑を食い荒らしたりもするため農家から嫌われている。




 魔物じゃないようだ。そもそもクランハウス周辺には魔物が湧かない設定にしている。冷静に考えれば鑑定するまでもなく魔物ではないと判断できただろう。

 しかし、昆虫はアイテム扱いなのか。カブトムシなどが存在するとしたら観賞用として捕獲するのはありだけど、それ以外に用途はあるのだろうか?

 それに昆虫の品質って何なのだろう。


 俺が新たに発見したアイテムについて考察していると、バク丸が動いた。プルプル震えたかと思うと、いきなりバッタにのしかかる。そして体内に取り込んでしまった。

 満足気なバク丸はそのまままた別の場所へと移動し始める。


「リーナ、バク丸が畑にいる理由わかったかも」

「ほんと!?」

「うん。たぶんだけど、虫を食べてるんだよ。たった今、目の前でバッタを捕食してるのを見た。それに食べた後、今までに見たことがないくらいご機嫌な様子だった」

「えっ……バッタ出るの?」

「うん、さっきこの眼で見たから間違いない。鑑定した結果だとアイテム扱いみたいだよ」

「うわぁ……森とか山でも虫を見なかったから、このゲームにはいないんだって安心してたのに」


 虫が苦手な妻のテンションが急に下がる。


 これまでフィールドで昆虫を見なかったことを考えると、おそらく昆虫は畑などの特殊な施設を設置するとその近くに湧くようになっているのではないかと思う。そのあたりはすでに畑持ちのプレイヤーが掲示板に書き込んでいるだろうし、あとで確認すればいい。


「でも、リーナが畑を始めてから見つけてないってことは、バク丸が湧いた虫をほとんど食べてくれてるってことだから。そこまでビビらなくても大丈夫じゃないかな?」

「……確かに」

「だから、ほら。そんなに落ち込まないでよ。セミは畑には湧かないと思うし」


 妻が最も嫌いな昆虫であるセミは木に引っ付いているか飛んでいるものだ。畑にいるものではないので、おそらくここには出ないだろう。


「そっか。まぁ、バッタとかならギリギリ自分でも退治できるし……うん。なんとかがんばれそう!」

「よかった。それじゃあ、最後にお風呂の案内お願いしていい?」

「もちろんだよ!」


 残る確認すべき場所はお風呂のみ。引き続き妻に案内をしてもらう。

 バク丸は今も楽し気に虫を食べているので、このまま放置しておいた方がいいだろう。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る