第105話 大失敗

 イッテツさんに新たな武器を作成するために必要な素材を渡した日。あれから1週間が経過していた。

 この期間、俺は仕事が忙しかったせいで碌にログインできていない。従魔たちの様子は妻に見ていてもらっていたので問題はないが……1つ悲しい事実が、久しぶりにログインした俺を待ち受けていた。


「ハイト、春祭りもう終わったよ!?」

「えっ……それほんと?」


 前日の仕事の疲れが溜まりに溜まっていたのか、起きたのは昼過ぎ。

 まぁ、休日だしいいか。なんて考えながらフリフロへログインすると経営地で妻の姿を見つけた。すぐにこちらに気づいた彼女から衝撃の事実を告げられたのである。


「うん、だってお祭りは今日の午前中だもん。現実でだって起こそうとしたし、こっちにきてからも待ってたのに……きてくれないから私、寂しかったよ!!」

「ご、ごめん。疲れが溜まってて、つい寝坊しちゃったんだ」


 これは全面的に俺が悪い。誠心誠意謝罪をする他ないだろう。


「こりゃあ、あとで埋め合わせしないとな! 兄ちゃん」

「そうね。いくらかわいい坊やでも、この仕打ちはちょっと擁護しかねるわ」


「「「そうだぞ、反省しろ~。リーナのお嬢、本気で悲しんでたからな~」」」


「うっさいわねぇ。春祭りは午前中までで、もう終わったんだから! あんたらはさっさと仕事に戻る!!!」


「「「すいやせん! アネットの姉御!!!」」」


「え~と、どうしてこんなに人が?」


 アネットさんとドワーフの大工さんたちがここにいるのは、クランハウスや周辺の開発を手掛けているから。春祭り当日までここで仕事をしていることの方にはツッコミを入れたい気持ちがあるが、まぁいい。

 だが、どうして大剣を背負ったおっさん――――じゃなくて先輩冒険者のガストンさんがここにいるんだ?


「私たちは午前中は春祭りを楽しむ予定だったから、早朝だけでも仕事をするためにここへきていたの。そして祭りが始まる時間になったから、ファーレンへ戻ろうとしたらダークエルフちゃんが1人で起きてきたってわけ」


「「「流石にリーナのお嬢を1人おいて祭りにはいけねーから、俺らもここに残ったんだ!!!」」」


「こっちに口を挟まないで、さっさと仕事しなさい! まったく、何度言えばわかるのかしら」


「「「はい! 仕事に戻ります!!!」」」


「おめぇら大工は相変わらずうるせえなぁ」

「私は違うわよ。うるさいのはあいつらだけ」

「頭やってんのが、あんたなんだから一緒だろうが」


 やり取りを見るに、意外だがアネットさんとガストンさんは知り合いのようだ。やっぱり多種多様な仕事を受け持つ冒険者として長くやってきたガストンさんは顔が広いのだろうか。


「それより俺がここにいる理由だが……まぁ、またマーニャの発作だよ。あいつが春祭りに必要な素材をたくさん納品してくれてたのに、当日こないなんておかしいですって心配しだしたからよ。途中で祭りを抜け出してここまできたんだ」

「えぇ、マーニャさんにまで心配かけちゃってたんですか? 本当にすみません」


 あの人の素の性格を知った後だと、とても申し訳なく思う。


「あー、あいつには別に謝る必要はねぇよ。冒険者が二日酔いやら寝坊やらで祭りに出ないなんてこれまで何度もあったのによ。勝手に心配してただけなんだから」

「と言われても、やっぱり罪悪感はありますよ……」

「だったら、後で適当な依頼でも受けに冒険者ギルドへ行ってやることだ。そうすりゃ、あいつの機嫌なんて1発で直る」

「分かりました。あとでギルドに顔出します」


 そして消化して欲しい依頼を聞き出してこなそう。お詫び的な意味で。


「リーナ、アネットさん、ガストンさん、それから大工の皆さん、俺のせいで迷惑かけてすみません。後日、何か埋め合わせさせてください」


「別に私たちは何もしてないから。気にしなくていいわ」


「「「謝罪は受け取っておく!!!」」」


「俺も謝られても困るしな。それにこっちにきたおかげで嬢ちゃんのうめぇ手料理も食えたし。どっちかてーと得したか?」


 俺の知り合ったファーレンの人たちは本当にいい人たちばかりだ。本人たちから詫びは必要ないと言われたので、大きな物は渡せない。だが、必ずなんらかの形でお返しはするつもりだ。


「ハイト、どうぞ。これ……食べて?」

「これって、兎の丸焼き?」


 ガストンさんたちから事情を聞いていたとき、一瞬妻がその場を離れたタイミングがあった。どうやらこれを取りに行っていたようだ。


「うん。みんなに作ったとき、ハイトの分は別に避けておいたの。シチューもあるんだけど、そっちは今から温め直すから待っててね」


 お祭りに限らずイベントが大好きな妻。そんな彼女の期待を裏切って寝坊するような男に対して、料理を残しておいてくれるなんて……。

 苦しいよ。優しさが辛い。せめて文句の1つや2つ言ってくれたら、罪悪感も薄れるのに。


「ありがとう。それと本当にごめん! もう二度とこんなすっぽかし方はしないから!! 許してなんて言えないけど、本気で悪かったと思ってる」

「も~、まだ謝るの? みんなとおしゃべりしながらご飯食べるのも楽しかったし、春祭りのことは気にしてないよ。ハイトがそんな感じだと私も悲しいからいつもの感じに戻ってよ!」


 太陽のような笑顔がこちらへ向けられる。


「……わかった。もううじうじしない」

「それでよしっ! じゃあ、私はシチューを温めてくるね」

「なら、先にこの兎の丸焼きを食べさせてもらうね。いただきます――――」


 俺は皿に乗っているこんがり焼けた兎肉を手で持ち、腿の部分にかぶりつく。今日の妻の手料理はいつも以上に温かくて美味しかった。



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