第104話 1塊の量
フリフロプレイヤーの中で最も親しい友が数日前にオープンした新店。鉄鉱石を採掘してきたので渡そうと思いここを訪れた。入店時に声をかけたものの作業中か何かで全く気づかない。仕方がないのでショーケースや壁面に飾られている武器を見ながら、奥にいるであろう彼に声をかけるタイミングを計っていた。
「あっ、音が止んだ。ちょっと見てくるよ」
「うん、任せるね」
響いていた金属音が途切れたので、声をかけるチャンスだと思い店の奥へと向かった。そこには鍛冶のために必要と思われる設備が揃っていた。俺は鍛冶に関しては全くの素人なのでそれぞれがどういう工程で使うのかなどは分からないが、やはり自分も男なのでそれっぽいものが揃っているだけでも気分が高まる。
部屋の中央には額から大粒の汗を流しながら、1本の戦斧を眺めている友人の姿があった。どうやらさっきまでこの武器を作成していたらしい。
「――――イッテツさん、今いいですか?」
「あっ、ハイトさん! もうきてたんですね」
声をかけるとようやく俺の存在に気づいた。
「はい。一応、店に入ったときに声はかけたんですよ」
「それはすみません。全く気付きませんでした。鍛冶をしているとつい周りへの注意が疎かになってしまって」
頭をポリポリとかきながら、お恥ずかしい限りですとイッテツさんは続けた。
「謝らないでくださいよ。俺も錬金術をしているときは集中し過ぎて、知らないうちに数時間経過していたりするので。気持ちは分かります」
あるときは錬金術に夢中で気がつけば強制ログアウト寸前になったり、またあるときはリアルの方で宅配が届く時間を忘れて再配達を頼む羽目になったり。とにかくこのゲームの生産作業は集中力をかなり要するが故に時間を忘れさせられることが多い。
「そういってもらえると有難い。それで今日は鉄鉱石の持ち込みでしたっけ?」
事前にメッセージを使ってアポ取りをした際に、会いに行く理由も伝えておいた。
「そうですね。鉄鉱石を1塊と魔力樹の枝、どちらも取ってきたので、それを今日渡そうと思ってました」
「了解です。それじゃあ、1度店の方へ行きましょうか。あっちの方が広いからアイテムを取り出すには丁度いいんですよ」
鍛冶をしていた部屋――――工房をイッテツさんと共に出る。
「こんにちは、リーナさん」
「あー、やっときた! イッテツさん、お久しぶりです!!」
「どうも。久しぶりって言ってもミミちゃんのお店でも顔を合わせたので、2、3日ぶりくらいなんですけどね」
「え、あれからまだそのくらいしか経ってないの!?」
「そうだよ。まぁ、ここ数日は俺たちも結構なハードスケジュールで攻略してたから……時間感覚はおかしくなっても仕方ないね」
エンジョイ勢としてあるまじき攻略スピードだったよ。その分疲れたし、大変だったから今度から自重しよう。
「鉄鉱石が取れたと連絡がきたときに早いなと思ったんですけど、やっぱりいつもより攻略ペースを上げていたんですね」
「自分から鉄鉱石を用意すると言った手前、あまり待たせるのもどうかと思ったので。せめて俺たちの武器の分だけでもさっさと用意したんですよ」
「なるほど。だったら、俺もがんばって良い品を作らないといけませんね!」
「よろしくお願いします。じゃあ、とりあえず素材を出しますね」
俺たちはアイテムボックスから鉄鉱石と魔力樹の枝を取り出す。鉄鉱石の方はかなりの重量があるため、テーブルの上などには乗せられない。そのまま床に出させてもらった。
「魔力樹の枝はこれで杖1つ分くらいなので丁度です。ただ、鉄鉱石は1塊でこの量ですか。正直、かなり当たりの部類ですね」
イッテツさんによると鉄鉱石などの1塊で取れるタイプのアイテムは、大きさが物によってまちまちなようだ。採掘した際にしていた予想が当たったね。
「ほんとですか!? やった~、ラッキーだったねハイト!」
「そうだね。イッテツさん、この量なら俺の剣と妻の短剣。どちらも作れそうですか?」
「もちろん。というか、余裕で鉄鉱石が残りますね。他に何か欲しい武器なんかはないですか?」
「あ~、それなら槍が欲しいですね。一応、槍術(初級)も持ってるんで」
「じゃあ、それも鉄で作っちゃいましょう!」
「お願いします」
「はい、任せてください!! それじゃあ、早速工房に籠ってきますね!!!」
俺たちから受け取った素材をアイテムボックスに閉まったイッテツさんはそのまま店の奥へと消えていった。
「あんなにテンションが高いイッテツさん初めてみたかも」
「俺もだよ。やっぱり生産活動は人に大きな影響を与えるのかもね」
「ハイトが錬金術をしてるときみたいに?」
「リーナが料理をしているときみたいにね。それはさておき、もう出ようか。店主も引っ込んだのに俺たちがいつまでもここにいるわけにもいかないでしょ」
店の入り口にcloseの札が吊るされているとはいえ、中に店の者以外の姿があると勘違いしてお客さんがきちゃうかもしれないからね。
「そうだね、帰ろっか」
その後、俺たちは経営地まで真っ直ぐに帰る。疲労感が強かったので、マモルたちに帰ってきたことを伝えるとそのままログアウトしたのだった。
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