第103話 イッテツさんの個人店
3種の焼き肉で腹を満たした俺たちはイッテツさんの新店へと向かっていた。少し前にいざこざがあって他の見習い鍛冶師たちとともに共同経営していた店を離れた彼は、3日ほど前から1人でお店を始めている。
店の場所までの手描き案内図をメッセージに貼り付けて送ってもらったので、おそらく迷うことはないと思う。
「やっぱり焼肉はいいね~」
お腹をさする妻は満足気な顔をしている。
「そうだね。特に臭みがあるボア肉をあそこまで美味しく頂けるとは思わなかったよ」
以前、ボア肉がドロップした際に臭みがあると鑑定内容に記載されていた。ある程度の獣臭さは我慢できるが、度が過ぎると流石にムリなのでボア肉に対しては少し警戒心を持っていた。だが、いざ口にしてみると事前にされていた味付けがよかったのか、それとも特別な臭み消しの方法でもあったのかはわからないが、とにかく全く臭さを感じなかった。
「わかる! わざわざ鑑定内容に臭みがあるって書かれてるくらいだから、どれだけヤバいんだろう……って、私も身構えてたもん」
「もしかしたら臭み消しに良いアイテムでもあるのかな? 鳥肉だって独自のルートで確保するような店主さんだったし、オリジナルのレシピとかも持っているのかもね」
「そんなのがあるんだったら、私も知りたいなぁ。今後のお料理で参考にしたいから」
リアルでは料理が絶望的な妻も、この世界ならスキルのアシストを受けて美味しい料理ができる。そのことが嬉しいからだろう。近頃の彼女の見習い料理人としての向上心が凄まじく、俺の見習い錬金術師としてのレベルを追い抜いてしまった。
「だったら、1度聞いてみたら? 何度も通って常連になったりしたら、案外ぽろっと教えてくれるかもしれないし」
秘匿するような技術や情報なら、そう簡単には口を割らないと思う。だが、NPCたちの間では案外知れ渡っている臭み消しの方法などだった場合はあの気の良い店主なら嫌な顔せず教えてくれるだろう。
あまり広めたくない裏技的なものだったとしても、妻の料理への熱意を見せれば全ては無理でもヒントくらいは教えてもらえる可能性だってある。なのでダメもとでも1度は直接尋ねてみるべきだ。
「わかった! あそこに通って、店主さんともう少し仲良くなれたら聞いてみるね」
「がんばって! 店に通うのは俺も一緒に行くから!!」
ゲーム内ならいくら焼き肉を食べても太らないからね。一緒に根気よくあの青空満点焼肉屋さんに通おうじゃないか。
「いいけど……絶対焼き肉が食べたいだけでしょ」
「へ? そ、そんなことはない。うん、ないはずだよー」
妻からジトーっとした視線を向けられるが、なんとか適当言ってごまかす。
「あっ、そんなことよりイッテツさんのお店あれじゃない?」
神は俺に味方するらしい。このタイミングでイッテツさんの新しく店の看板が見えてきた。
<イッテツ工房>
建物はファーレンの町並みに馴染むようにレンガ造り。そして看板は木製、店名は黒字。
それにしてもなんとも分かりやすい名前を付けたものだ。武器店にしなかったのは、あくまでも彼が商人ではなく鍛冶師だからかな?
「ほんとだ。周りの民家と同じレンガ造りで地域密着型のお店って感じでいいね」
「そうだね。メッセージで店についたら勝手に入ってきていいって書いてあるから、行こっか」
Closeと書かれた札が吊るされている木の扉を開き、中へと入った。
「「おじゃましまーす」」
静かな店内に俺たちの声が響く。
初来店なので、とりあえずぐるりと内部を見渡してみる。
外観同様にシンプルな店内。短剣などの小さな武器はガラスケースに。剣や槍、斧といった大きな武器は壁に掛けられている。
しかし、以前の共同経営していた店舗と違ってずいぶんと店頭に出ている武器が少ない。個人でやっているからかな?
――――武器やショーケースは確認できたが、肝心の店主が見当たらない。いったいどこにいるのだろうか。
「あれっ、てっきりいつもみたいに待ってくれてるんだと思ったんだけど……」
「見えるところにはいないね。ん? 耳を澄ますと奥の方からカンカンって何かを打ちつける音がしない?」
言われた通り耳に意識を集中させると、確かに店の奥の方から甲高い音が聞こえた。
「うん、聞こえる。もしかして新しい武器を打ってるのかな?」
「あ~、そうかも! どうする? 声をかけに行く?」
「もうちょっと待とっか。俺たちの都合に合わせてもらった上、お仕事の手を止めさせるのも悪いからね」
鍛冶はしたことがないので、どこまで作業が進めば切りが良いかなどは分からないが……とりあえずこの金属を打ちつけるような音が鳴り止むまでは待ってみよう。
「はーい。じゃあ、私はショーケースの短剣でも見させてもらおっと」
「俺も剣や槍でも見ておこうかな」
特に槍で良い物がないか、探してみよう。剣の方は素材持ち込みで作ってもらうことが決まっているが、槍は違うからね。
それから30分ほど店の奥から聞こえる金属音に意識を払いつつ、俺たちは各々が使う武器を見て回っていた。
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