第78話 バガード大喜び

 経営地を出たものの、月光草の在り処はおろか手がかりすらもっていない俺たちにできることなど限られている。ただ、勘に任せてエルーニ山を彷徨うんだ。そして採取スキルに反応する草をひたすらに摘み続ける。運が良ければ目当てのアイテムが手に入るはずだ。

 俺にはバガードがついているからどれだけでたらめな道を選んで遭難しようがだいたいどうにかなるからね。夜じゃないからナイトウォーカーとも遭遇しないだろうし、好奇心に任せて前へ進もうと思う。


「バガード、魔物の気配がする。戦闘になったら、援護してくれ」


 バガードも俺もステータス構成はタンク寄りだ。だが、レベル差や装備の質が高いこともあって耐久力は俺の方が遥かに高い。なので敵の真正面で戦うのはこちらが受け持ち、バガードには相手の隙を突く遊撃や俺がピンチのときに時間を稼ぐサブタンク的動きを請け負ってもらう。この2つの役職はそれなりに考える力が必要になるが、うちの従魔の中で1番賢いこの子ならやり遂げてくれるだろう。


 さて、肝心の敵だが……気配察知で感じ取った限りブラックボアではなさそうだ。空を飛んでいるわけでもないので、一足烏――――バガードの同類でもない。つまりこのフィールドで初めて遭遇する魔物なので初見の相手だと予想できる。

 クラン最強の矛であるマモルがいない以上できるだけバレないように距離を詰めて、確実に先制攻撃を仕掛けたいね。相手の力量を把握できていない以上、慎重に動くべきだと思う。


「行こう」


 小声で呟くと、肩に乗っていたバガードは静かに上空へと飛び去った。


 相手は俺たちがいる場所とは逆方向へ進んでいる。それならここは姿を隠して進むよりも音を消して行動することを優先しよう。

 けもの道で音を出すなというのは無理な話だが、できるだけ足元にある音が鳴りそうなものを避けて進む。

 一歩また一歩。徐々に魔物との距離が縮まっていく。そしてついに相手の姿を目視できる距離まできた。


 今から俺たちが戦う魔物の正体は……鹿のようだ。体毛が抹茶色をしているところから予想するに戦闘するより緑に紛れて隠れることに特化した魔物かな?

 予想が当たったかどうか、鑑定して確認するとしよう。




ラニットディア

ラニット地方の山々に生息する鹿の魔物。体毛は深い緑色なのは自然に溶け込み捕食者の目から逃れるためだと言われている。戦闘能力は高くないが、逃げ足が一流なためなかなか捕獲できる者も少ない。




 強い魔物というわけではないようだ。

 しかし、逃げ足が速いのか……それならこの距離でスラッシュを放ったところで避けられて終わりそうだ。

 ファイヤーボールを魔力操作で操って獲物を追尾させてもいいが、今の俺ではせいぜい操作できるのは1、2秒だしなぁ。結局避けられたのち、草木に引火して俺が大慌てすることになりそうだ。


 う~ん、考えてみたが俺の力だけではどうにかなりそうにない。予定変更でバガードにはサポートではなくガッツリと戦いに参加してもらおう。


 俺は空に向けて手を上げる。そしてこっちへこいといった感じのジェスチャーを繰り出した。

 大空からそれを見たバガードはすぐに降下してきてサッと俺の肩に留まる。


「バガード作戦変更だ。相手は逃げ足の速いタイプみたいだから、相手がこちらに気づくまえに土魔法で退路をなくしたい。できるかい?」


 カー、とは鳴かなかったが、どうやら作戦を理解して実行してくれるらしい。了解の意が伝わってきたかと思えば、再びバガードは空を飛ぶ。


 少し上空を飛んで獲物がいる場所が見やすい場所を見つけたのか、バガードは空中で翼を上手く使って静止する。

 それから5秒ほどして、突然ラニットディアの前左右に土の壁がせり上がり始める。標的は突然の出来事にあっけを取られてまだ動かない。これはチャンスだ。


「スラッシュ!!」


 流石に魔法の発動を待っていては遅いので、ここはファイヤーボールではなく武技のスラッシュを放つ。

 全力で剣を振り抜くとことで生み出された斬撃は真っ直ぐに魔物の背へと迫る。


 武技を使用されてようやく自身が窮地に立たされていると気づいたのだろう。ラニットディアは急いで目の前の壁を壊そうとするが力不足。無駄な足掻きをしている間にも斬撃との距離は縮まる。そして壁の破壊が無理だと悟った魔物が塞がれていない唯一の方向へ頭を向けた瞬間、丁度放たれた武技が到来。額を真っ二つに割るように大きな切り傷が刻み込まれた。


 しかし、ラニットディアとは存外しぶとい魔物らしい。そんな瀕死の状態でも血を滴らせながら、必死に逃げようと藻掻いている。


「あっ、バガード」


 俺がトドメを刺そうと動く前に1体の烏が空から急降下してきて、ラニットディアの額にできた切り傷へと嘴を突き刺した。


 カーカー。


 どうして俺からトドメを搔っ攫ったかと思えば、そういうことか。肉がドロップするかもしれないからなかなかトドメを刺そうとしない俺にしびれを切らしたらしい。


 バガードもうるさいし、さっさと解体スキルを使ってしまおう。




ラニットディアのもも肉

レア度:2 品質:中

脂が少なくあっさりとしたもも肉。疲労回復効果がある。





「おぉ~、よかったねバガード。望んだ通りお肉が出たよ!」


 カァーカァーカァーカァー!


 肉を手に入れたことに大喜びしたバガードは空中で謎の小躍りを見せた。



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