第63話 バガードへのご褒美
経営地の一角に錬金の釜と素材のアイテムを用意した俺はおいしいポーション作りに取りかかる。
最初に試すのは、大本命であるアップルンを素材に使ったポーションだ。錬金の釜の蓋を開けて、湖から汲んできた水、アイテムボックスにストックしていた薬草、それからファーレンで買ってきたアップルンを入れる。
それからスキルの錬金術に導かれるように魔力を注ぎ込む。ここで魔力に揺らぎが生じると失敗するので、できるだけそういったものが生じないように――――。
「うわっ!?」
錬金の釜がボフンッという音を立てて大きく跳ねた。
これは失敗した合図だ。
どうして失敗したのだろう。
魔力に多少の揺らぎは生じていたかもしれないが、普通のポーション制作なら失敗には繫がらない程度のものだ。錬金自体ができない場合は、そもそも魔力を流し込むことができないはずだし。
もしかして設定されている難易度に差があるのだろうか。
例えば、低級ポーションと上級ポーション。作るための素材に違いはあるのはもちろんのこと、難易度にも差はつけられそうな気がする。少なくとも自分が運営ならハイレアリティのアイテム作成になればなるほど、錬金術の技量が必要になるよう設定する。
おそらく求められるのはより繊細な魔力のコントロールだろう。
素材はそれぞれ10用意してあることだ。とにかく失敗を恐れずに挑戦しよう。
――――それから2時間ほどぶっ通しで錬金術を使い続けた。以前、低級ポーションと頑丈な石の作成にもっと長い時間を使ったことがあったが、あれとは比べ物にならないほど精神的疲労が蓄積していた。
ここまで9戦9敗。
残り錬金に使えるアップルンはたった1つだ。未だ錬金術が成功するビジョンなし。
「いっそのこと、失敗してもいいようにクルーミーで錬金しようかな」
俺はクルーミーを素材としたポーションを使用するつもりはない。だって魔物の糞だし。でも、一応買ってきてはいるのだから使った方がいいだろう。これから一生、アイテムボックスに魔物の糞が入っているのは、それはそれで嫌だからね。
……今、思えばどうしてクルーミーを買ったんだ?
そこから当然にようにクルーミーを使ったポーション作成は10戦10敗。更にラニットペアーを使って挑戦もしたが、6連敗中。
残る果物はアップルン1つとラニットペアー4つだ。
そろそろ本当にヤバいな。素材がなくなったら、またファーレンまで買い出しに行かなきゃならない。ここからファーレンまで地味に距離があるので、錬金素材のためだけに行き来するのは少し面倒なので避けたいところ。
こんなことになるなら、もっとたくさん果物を買い込んでくればよかった。
「お~い、ハイト。晩ご飯できたよ!」
声のした方を振り向くと妻がいた。
どうやら俺が集中して作業していたので、声をかけるタイミングを見計らっていたらしい。
「もうそんな時間なんだ。全然気づかなかった」
「集中のし過ぎ。ご飯食べてゆっくり休憩しなよ。ほら、あっちにお鍋用意してるから行こ?」
妻に連れられて、向かった先は日中マモルがよく利用している大樹の生えている場所だった。
焚き木で火が起こされており、その上に鍋を吊るすようなセットがある。お皿やお箸なんかも近くに用意されているが、こんなものいつの間に買ったのだろうか。妻に聞こうと思ったが、丁度鍋の良い匂いがして食欲を刺激されたので、後でいいかと思い直す。
「美味しそうなお鍋だね」
カァー!
俺の言葉を肯定するようにバガードが鳴く。
他の従魔たちも俺たちのもとへと集まってきた。
「でしょでしょ? 今日買った野菜だけじゃなくて、この前ハイトがくれたお魚もいくつか入れてみたの!」
たしか渡した魚は、ラニットアユに爆速ヤマメ、それからニジマスと人食いウナギだったか。果たしてどいつが入っているのだろう。
「いいね! 早速食べようよ」
「「いただきます!」」
食材に感謝をしてから、俺たちは鍋をつつき始める。
従魔たちにもそれぞれに合ったご飯を渡す。マモルは相変わらず食べる必要はないのだが、1体だけ何もなしは可哀想なので獣の遺骨をあげてみた。
「醤油ベースのお鍋か」
スープを飲むと魚と醤油の風味が口いっぱいに広がる。
「そうだよ。八百屋さんで売っていた豆を元にしてるみたい。流石にお醬油は自分で作ったんじゃなくて買ったやつだけどね」
「なるほどね~。あっ、この魚の切り身好き。大きくて食べ応えがある」
「やっぱり? ハイト、昔からお肉とかお魚の切り身とかって大きいのが好きだったから、その方がいいかなーって。ちなみに人食いウナギだよ」
なるほど。これは人食いウナギだったのか。アイテムの説明には大雑把な味と書いてあったが、鍋自体の味が染みているので気になるようなことでもない。
「うん、こっちもうまい! 鍋にじゃがいもってどうなんだろうって思ったけどいけるね」
「私も入れるか迷ったんだー。でも、肉じゃがとかには入ってるし……いけるでしょって感じで入れてみたの」
「良いアイデアだったね」
いや~、やっぱりゲーム内の妻の手料理は最高だ。隣でバクついているバガードもおそらく満足しているだろう。
「バガード、どう? 満足できた?」
食事を始めてから1度も鳴かないバガードに妻が問う。リアクションがないので、おいしいと思ってもらえたか不安になったのだろう。
カァーカァーカァー。
「大満足だそうだよ。これから毎晩よろしくだって」
「あははっ、そんなに気に入ってくれたんだ。ありがとう。でも、毎晩は厳しいかな~。バガードは知らないと思うけど、お料理って意外と時間がかかっちゃうんだよ?」
カァ……。
バガードが少し悲し気に鳴く。
「落ち込まないの。ハイトもおいしいって言ってくれるし、クランハウスができたら時間があるときは作るようにするから」
カアァ!
「お願いします! だってさ。俺もまたリーナの手料理が食べられるのを楽しみにしてる。でも、まずは目の前にあるこのめちゃくちゃおいしいお鍋を腹いっぱい食べさせてもらおっと」
今回も妻の手料理は当然、完食されたのだった。
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