第58話 ファス平原のエリアボス(2)
ビッグスライムが頭上から迫る。
いくら鉄の盾を装備していて耐久力が高くなっていると言っても、あの巨体を受け止めるのは現実的ではない。
回避一択。
ゼリー状の豊満体の攻撃を横っ飛びで回避する。速さが高くない俺は間一髪躱せた感じだ。
「ハイト、大丈夫?」
「うん。当たってはないから」
そう答えながら、視線はエリアボスの方へと向ける。
ビッグスライムは今ののしかかり攻撃の反動なのか、動きが鈍い。次の攻撃へ移るような予備動作は見当たらない。
のしかかり前にはブルブルと震えていたので、このボスはおそらく攻撃前に何かしら特定の動きをするような気がする。
「よかった。動かれるとみんなで一斉に攻撃できないから、縛ってみるね」
妻はビッグスライムの真下に魔法陣を展開し始める。
植物魔法で拘束するつもりなのだろう。
「だったら俺はヘイトを買うよ」
数歩距離を詰め、剣で斬りかかる。
切れ味が悪い頑丈な石の剣での攻撃は物理属性なのか斬撃属性なのか微妙なところだが、ダメージを与えることが目的ではないので問題ない。
今はとにかく魔法発動のために無防備になっている妻へ、敵の意識を向けさせないことが大切だからだ。
上下左右。一心不乱に剣を振るい続ける。
そのたびに少しずつゼリー状の体を削ってはいるが、それは再生速度より若干早い程度のもの。数時間、絶え間なく続けていれば勝てるかもしれないが、精神的に辛くなりそうだ。それに1度でも反撃されたら、こっちは回避して攻撃が止まるが相手の再生は進んでしまう。そんな半無限ループをしているうちに連続ログイン制限に引っかかり強制ログアウトで敗北。なんてルートもありそうだ。
「植物魔法、ソーンバインド!」
巨大スライムの身をひたすら削る時間は終わりを告げる。
妻の展開していた魔法陣から、4本の茨が出現しビッグスライムへと絡みつく。
「これで動けないはず……って、うそでしょ!?」
茨に身動きを封じられたビッグスライムはその巨体を突然液状化させた。そして見事に魔法による拘束から逃れる。
予想外、というより俺たちがスライムの持っているスキルを忘れていたという方が正しいだろう。すらっちのスキル構成をもとに考えれば、相手が液状化できる可能性は高いとわかったはずなのに。
「リーナ危ない!」
液状化したビッグスライムはそのままの状態で動き始め、妻の方へと迫っていた。自分の魔法があっさりと無効化されたことに驚いていた妻は少しばかり回避行動が遅れる。
耐久力が低い妻では攻撃に耐えられない。そう思い駆け出すもこの距離は俺の足では間に合わない。
ドロドロとした粘体が妻を丸ごと吞み込もうしたとき、猛スピードで黒い巨体がエリアボスの眼前を通過した。
更に予想外の出来事に、一瞬動きを止めたエリアボスへと鋭い牙の一撃が見舞われる。
「マモル、ナイス!」
いくら再生能力で修復される肉体といえど、火力の高いマモルの攻撃はそれなりに効いたらしい。
液状化を解除したビッグスライムは大きく跳び上がり、後方へと引いた。
「ぶーちゃん、ありがとう。助かったよ」
妻を助けた者の正体はぶーちゃんだった。転倒状態から脱して妻のピンチを救おうとただ真っ直ぐに走ったのだろう。
プゴッ!
ぶーちゃんは俺の従魔ではないので、何と言っているかはわからない。だが、誇らしげに胸を張っているように見えた。
――――こちらがなんとか体勢を持ち直している間に、敵も次の行動の準備をしていたようだ。最初ののしかかり攻撃前と同じように体を震えさせ始めている。
次は何がくるのか。
ビッグスライムの一挙手一投足に注意をして見つめる。
「溶解液か!」
体から染み出した液体を散弾のようにこちらへと飛ばしてきた。
溶解液は盾で防御するわけにはいかない。実際に受けたことはないので予測にはなるが、防具の耐久値が大きく削られる可能性がある。せっかくミミちゃんに売ってもらった鉄の盾が耐久値0になって破壊なんてされたら泣きたくなるだろう。
避けるしかないのだが……数が多過ぎる。すらっちがやるみたいに水鉄砲のように飛ばしてきたなら避けられたが、いくつにも分散させて弾丸のようにされてはそうもいかない。
「すらっちお願い!」
溶解液がこちらへ迫る中、どうしたものかと考えていると、妻の声が聞こえた。それとほぼ同時に後方からも溶解液が飛んできた。
前と後ろ。双方から飛び交う溶解液は互いにぶつかり合う。
チラッと後ろへ視線をやると、すらっちがこれまでのような水鉄砲式溶解液ではなく、ビッグスライムがやったような散弾式溶解液を放っていた。
「ハイト、前見て! いくらすらっちでも全部はムリだよ」
言われた通り、視線をエリアボスの方へ戻す。タイミングが良いのか悪いのか、丁度すらっちの撃ち漏らしが俺の顔へと迫っていた。
「あぶなっ!」
間一髪、躱したが肝が冷えた。
戦闘中によそ見は絶対にダメだね。二度としない。
気持ちをしっかりと入れ直した俺は時々出る溶解液の撃ち漏らしを躱しながら、次の作戦を考え始める。
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