第53話 ブラックボア

「ハイト……どれくらい取れた?」


 伐採を始めてから数時間が経過し、日が沈み始めた頃。疲れ切った顔をした妻が、俺のもとへトボトボと歩いてきた。


「お疲れ様。10本だよ」

「えっ、すご。私なんて3本が限界だったのに」


 3本?

 いくらなんでも少な過ぎないか?

 変な切り方をしたとしても、わりと力尽くでどうにかなる作業だったからもう少し切れると思うんだけど……あ、そうか。妻は力のステータスが低いんだ。そのせいで1本を切り倒すまでの斧を振る回数が俺より多く必要になった可能性は高い。


「ありがと。それよりさ、1本を切り倒すのに何回斧を振ったか覚えてる?」

「う~ん、あんまり数えてなかったから正確にはわからないけど……たぶん1本当たり10回以上、斧を振り回してたと思う」


 やっぱり妻の振るう斧は一撃の威力が少ないようだ。


「なるほど。だったら、俺より伐採が遅くても仕方ないよ。だって1本切るのに3回で済む俺と、10回斧を振るわないといけないリーナじゃ同じ結果になるわけがないからね」

「ハイト3回で1本取れたの!? え~、ちょっとズルくない?」

「別にズルくないよ。たぶんだけど伐採の効率ってステータスの力を参照してるみたいだからね」


 もちろん力の値だけで全てが決まっているとは思わないが。事実、伐採にも熟練度が存在する以上、適切な斧の振り方や、入れる角度なども設定されているはずだ。


「そうだったんだ。私もたくさん切るために、力が欲しい。SP使っちゃおうかなー」


 力を欲しがる理由がかわいいね。


「後悔しないんだったら、いいんじゃない?」


 俺たちはあくまでもエンジョイ勢だから。やりたいと思ったなら、魔法特化の妻が力のステータスを伸ばすのもまたいいだろう。本当にちゃんと考えてそうしようと思ったのなら、だけど。


「……やめとくね。だって、SPって今のところレベルアップ以外で手に入らないから無駄遣いしたくないもん」


 流石に妻も伐採のためだけに、力にSPを振るのはもったいないと思ったらしい。


「もし本当に力を伸ばしたくなったら、そのときは好きなようにして大丈夫だよ」

「うん! わかった」

「よし、それじゃあ1回湖畔に戻ろうか。アネットさんたちに取れたラニットスギを見せたいし」


 ペックの森からエルーニ山を通って、湖まで戻る途中で魔物の気配がした。日もだいぶ沈み始め森が暗くなっている状況。以前遭遇したナイトウォーカーかもしれないと、俺は身構えて慎重に気配の方に歩みを進める。


「なんだ、ブラックボアか」


 相手がナイトウォーカーではなかったことで安心した俺は、ふぅーと大きく息を吐き出した。


「どうしたのハイト?」

「厄介な敵と遭遇した時のことを思い出して、身構えちゃったんだ」

「へぇ~、そんな魔物がいたんだ。私、その話聞いてないから後で教えてね?」

「わかった」


 ブラックボアは俺たちが会話をしていて全く警戒していないと思ったのか、まだそこそこ距離が開いているにも関わらず真っ直ぐに突進してきた。

 たしか以前鑑定した際に、突進の威力がレッドボアとは段違いで高いので注意が必要と書いていた気がする。見た感じ速さも俺よりは高いようだが、距離が詰まり切っていないため躱せそうだ。俺より速さのステータスが高い妻ももちろん避けられるだろう。


 俺は右に、妻は左へ跳んで避けた結果、ブラックボアは木に頭から激突した。しかし、突進は止まらない。


「えっ、噓でしょ!?」


 妻は目の前の出来事に驚く。


 この前ブラックボアの相手をしたときは、攻撃される前に先手を打ち勝ち切るという形を取った。それ以外のときはガストンさんやアネットさんといった実力者が一撃で仕留めてきたので、この猪の得意技が如何ほどものか見る機会もなかった。そのため俺たちはこの突進の威力を生で体感するのは初めてなのだ。


「ボーっとしてちゃ、ダメだよ! 次がくる」


 ブラックボアは自分がダメージを食らうこともお構いなしに、周囲の木をなぎ倒しながらUターンをして再び俺たちを狙ってくるが、これもなんとか避けることができた。


 そこから何度か突進されて避けるという工程を繰り返し、ブラックボアが自傷ダメージで少し弱ってきた頃。


「この子、テイムしてもいい?」


 妻が突然、予想だにしなかった言葉を放った。


「え~と、飼いたいの? ブラックボア」


 スライムをテイムしたときのことを思い出してもらえばわかると思うが、妻はかわいいもの好きである。そのため野性味溢れるボア系はテイムしないものだと勝手に思っていたのだが、違ったようだ。


「うん。これだけ諦めずにがんばってるのみると、なんだかかわいいかもって思えてきたから」

「そっか。じゃあ、テイム挑戦してみなよ」

「ハイトはブラックボアのテイム条件って知ってる? 私、最近掲示板覗いてないからわからないんだけど」

「まだテイム板にはブラックボアのテイム方法は載ってなかったはずだよ。でも、たぶん同系統だからレッドボアと同じテイム方法の可能性が高いと思う」


 レッドボアのテイム方法は、一度気絶させて目を覚ますのを近くで待つ。だったかな?


「それなら私もわかるけど、どうやって気絶させよう……」

「このまま避け続けるだけでもいいんじゃない? 何度も木に頭をぶつけてるから気絶してくれるかもしれないよ」

「わかった。とりあえずあと3回突進を避けて、あの子を木にぶつけよう。それで気絶しなかったら、ハイトがまた別の作戦を考えてね?」

「任せて。おっ、言ってるそばからまたこっちに向かってきたよ!」


 俺たちはあと少しだけ、闘牛士さながらの動きを続けることになった。


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