第48話 ゴスロリ少女

 俺たちは今、ファーレンにいる。

 ナイトウォーカーとの戦闘はどうなったのかというと……完敗だった。俺とマモルは協力して戦ったが、物理攻撃も魔法攻撃も全くダメージが入っている様子はない。動きは緩慢でもぞもぞと蠢く闇の攻撃は余裕を持って避けることができた。だが、互いにダメージが入らないのでは埒が明かないと思い撤退することに。


 ファーレンに入ってから掲示板でナイトウォーカーについて調べてみると、他のプレイヤーにも複数名遭遇した者がいるらしく専用板が立てられている。そこでも攻撃が一切効かないと騒がれていた。やれ初イベント開催の手がかりとして先出された勝てないように設定されている魔物だなんだと言っている人もいたのだが、果たしてどうなのだろうか。


 まぁ、倒せないとしても逃げるのは容易い相手なので、ナイトウォーカーのことはひとまず後回しにしよう。

 それよりもファーレンを訪れた目的の方を果たさないと。


 従魔を連れて待ち合わせをしている場所に行くと、すでに2人のプレイヤーの姿があった。

 1人はいつもお世話になっている俺の友人だ。


「イッテツさん、お疲れ様です。お待たせしました」

「お疲れ様です、ハイトさん。俺も今きたばかりなので気にしないでください」


 ツナギ姿に大きなハンマーを肩に乗せている。そんな見慣れた彼の隣には、黒と紫のドレスを着て大きな熊のぬいぐるみを抱いた少女が立っていた。ザ・ゴスロリって感じの背の低いプレイヤーだ。


「それ……嘘。わたしたち、30分は待った」


 少女はあまり抑揚のない話し方で答えた。


「えっ、そうなんですか? すみません。初めてお会いする日にそんなに待たせてしまって」


 ナイトウォーカーとの不毛な戦闘さえなければ、ここまで待たせることもなかったのだが、わざわざそれを言うのも違うな。

 不意の遭遇があるかもしれないと事前にもっと時間に余裕を持っておけばよかったというだけの話だから。


「別に、気にしない。でも、その話し方は、嫌」

「それってどういう……」

「もっと砕けた、話し方、して」

「なるほど。わかったよ」


 フリフロを始めてから妻以外の人と初めてタメ語で話したかも。


「うん。それで、いい」


 ゴスロリ少女は首を縦に振り頷いた。どうやら納得してくれたようだ。


「ミミちゃん、それよりも先に自己紹介した方がよかったんじゃないかな?」

「ん、わかった。わたしは、ミミ。イッテツお兄ちゃんの、いとこ。よろしく」


 ぺこり、と可愛らしいお辞儀をするミミちゃん。


「俺はハイト。イッテツさんのお友達だよ。よろしくね」

「これで、わたしたちも友達。握手、する」


 ぬいぐるみの熊がひとりでに動き、ミミちゃんの手から離れた。そしてテクテクと歩いて俺の前にきたかと思うと、手を差し伸べてくる。


「これでいいかい?」


 とりあえず、その熊さんと握手をすることにした。


「うん。ハイト、いい人」


 ミミちゃんは満足してくれたようだ。


「とりあえず自己紹介は終わったみたいなので、諸々説明しますね」


 イッテツさんは色々とミミちゃんについて教えてくれた。


 目の前にいる少し不思議系も入ったゴスロリ少女は、リアルではすごい人見知りで親戚でさえも人によっては目も合わせられないらしい。イッテツさんはどういうわけかミミちゃんに好かれていて、よくいろんなゲームをして遊び相手になっていたという。

 来年から中学生なので、どうにかミミちゃんの人見知りを直したいと思った彼は、丁度自分がやりたくて仕方なかったVRMMO<フリーフロンティアオンライン>ならゲームをしながら人見知りを直せるかもと思い、それをミミちゃんの両親に話した。すると彼女の両親はすぐにフリフロの初回限定盤を予約したのだと。


 ちなみにフリフロには利用者の年齢によって戦闘描写やエフェクトなどが自動で変わるようになっているため、子どものミミちゃんがプレイしても問題なかった。

 ただ、中学生未満はログインおよびゲームプレイを保護者と共にする必要があるので、いつも彼女の母かイッテツさんと共にゲームをしているらしい。イッテツさんは1人でゲームをすることも多いので、基本は自分の母と一緒に遊ぶことが多いそうだ。


「この感じを見ると、ミミちゃんの人見知りはマシになったんですね」


 俺とは最初から話してくれた。だからきっとこのゲームを始めてから人見知りが少しは直ったのではと勝手に予想する。


「ええ、かなり良くなりました。でも、ここまで自発的に話すのは珍しいのでハイトさんは間違いなく好かれている方だとは思いますよ」

「そうだったんですか。なら俺も協力するので、できることがあれば言ってください」


 イッテツさんが何か返事をしようとすると、ミミちゃんが一歩前に出て割り込んできた。


「ありがとう、ハイト。わたし、がんばるから。イッテツお兄ちゃん、全部、言わないで」

「あはは、わかったよ。ミミちゃんがそういうなら」

「うん。それで……今日、ハイトがきたのは、盾が欲しくなったから、だよね?」


 急にミミちゃんが話題を変えた。


 でも、彼女の言う通りである。俺は盾が欲しくてここにきた。ミミちゃんとイッテツさんの事情の方に意識がいって本来の目的を忘れかけていたけど。


「そうだよ。前回はイッテツさん経由で盾を買ったけど、今回は直接ミミちゃんから買いたいなって」

「そっか。お客さん、嬉しい。近くに私の、店がある。今から行こう」


 1人で歩き始めたミミちゃんの背中を追って、俺とイッテツさんは彼女の防具屋へと向かった。


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