第40話 先輩冒険者との雑談

 俺たちが湖の近くまで辿り着いた頃にはもう日が出始めていた。バガードのおかげで最短距離を移動しているとはいえ、流石に2つのフィールドを何度も行き来するには時間がかかる。幸い、山の中は木陰などが多いのでマモルへの日照ダメージは多くない。このくらいなら、気にするほどでもないとマモルも思っているみたいだ。


「あと5分もすれば着くと思います」

「あいよ」


 案内役のバガードを除くと、先頭を走っているのはガストンさん。気配察知に魔物が引っかかったことを伝えるとすぐにそちらへと向かい大剣で叩き伏せている。これまでに3回そういう場面があったが、敵はいずれもブラックボア。倒すこと自体は俺でも難しくないのだが、一撃でっていうのは流石、先輩冒険者だなぁと後ろから感心しながら見ていた。

 手伝って経験値を稼いでもいいかもしれないが、今のところ別にそこまでレベル上げをしなきゃいけない理由もないので、観戦することにした。もちろん気配察知のスキルもあるし、ギルド職員3名が襲われないようにある程度の警戒はしているが。


「それにしても、まさか兄ちゃんが見つけた経営地がこの帰らずの恐れ山にあったとはなぁ」


 ……その物騒な呼び名はなんですか?


「帰らずの恐れ山?」

「そうだ。国がつけた正式名称はエルーニ山。だが、この山に立ちいって行方不明になった奴が大勢いるから、ファーレンの住民の間ではそう呼ばれているんだ」

「ここって、そんないわくつきの山だったんですか……」


 今まで出会っていないだけでもしかしたらおばけの魔物とか出たりするのか?

 何かしらクエストが起こるとかもありそうだね。ギルドで受ける依頼以外にもNPCから直接頼まれることもあるらしいし。


「ちなみに俺は過去3度入って、毎回戻ってこれているから問題は山じゃなくて入った人間の方だと思うがな」

「人間が問題?」

「ああ。借金がデカすぎて夜逃げするだとか、山に入る準備もせずに普段着のまま入ったりとかな」


 借金で夜逃げって、リアルでもそんなやつに会ったことないのに……いや、ゲームだからこそそういう人と関わる可能性もあるのか?


「準備不足で山に入った人が死ぬのはわかりますけど、夜逃げする人ってそんなにいるんですか?」

「それなりにいるぞ。ファーレンの町はどっちかってーと優しい部類だからな、真面目に働いて返そうとする人の頼みなら返済期間やら猶予の融通が利くことも多い。ただ、返す気のねえ奴らにも優しくするわけにはいかねえ。そういうときは腕っぷしの強い俺たち冒険者が依頼を受けて取り立てをするんだ。だから元から借りるだけ借りてトンズラこく気の奴とかは、依頼が出されるとその日にでも逃げちまう。夜逃げするやつってのはだいたいはそういう奴らだ」


 冒険者って借金の取り立ての依頼もくるのか。この言い草だとガストンさんもそっち系の依頼を受けたことあるんだろうな。

 俺はそんな人間同士のごたごたと関わりたくないから、間違っても受ける気はないけどね。


「まぁ、お前ら夫婦はこういう話に関わることはなさそうだし気にすんなや」

「そうします……あっ、バガードが下りてきた」


 定位置である俺の肩にバガードが乗る。

 どうやら目の前の背の高い茂みを越えると湖畔に着くらしい。


「この先が例の場所です。行きましょう」


 俺に続いて皆さん順番に湖畔へと足を踏み入れる。


「――――綺麗」


 湖を目にしたマーニャさんが小さく呟いた。他のギルド職員さんたちも湖畔の景色に見入っている。


「……こりゃあ、いい場所だなぁ。兄ちゃんがあまり開発したくないってのもわかる気がするわ」


 意外なことに、飲んだくれ大剣おじさん冒険者のガストンさんもこの景色には感動したらしい。

 景色なんかより実利を取って開発したがるタイプだと思っていたが違ったようだ。


「そうでしょう? でも、皆さん。見入るのはわかりますけど、妻があっちで待っているので行きましょうか」


 奥の方で湖畔の景色をスケッチしていた妻の姿が見えた。俺はみんなを引き連れてそちらへと向かう。


「ただいま、リーナ」

「あっ! おかえり、ハイト。集中して描いてたから、こっちにくるまで気づかなかったよ。ごめんね?」

「大丈夫。気にしないで」


「へえー、嬢ちゃんかなり絵が上手いじゃねーか。こんなもん描けるならオークションにでも出せば儲かりそうだな」


 絵を褒められた妻は、えへへと照れ笑いしていた。


「オークションなんてあるんですか?」


 照れ笑いする妻はかわいいのでこのまま黙って眺めていたいが、それとは別にガストンさんが気になることを口にしたので話題をそちらへ移す。


「ああ。と言ってもファーレンでは開催されてねーけどな。もっとデカい都市でならあるぞ」

「そうなんですね。お金もそこそこ溜まってるから、経営地関係がひと段落したら覗いてみたいなぁ」

「だったらファス平原方向へ進んで王都を目指しな。あそこのオークションが1番レア物が出るからよ。まぁ、ここがひと段落してからってんなら、行けるのはまだまだ先だと思うがな」

「やること多そうですからね。でも、教えてくれてありがとうございます」

「おう、気にすんな」


 ガストンさんとの話に区切りがついた。そろそろギルド職員さんたちに経営地化の条件を満たしているのか確認してもらおうかな。


「マーニャさん、そろそろお願してもいいですか?」

「えっ、あっ! はい、かしこまりました。2人ともいつまで景色を眺めているつもりですか! 早く仕事に取りかかりますよ」


 マーニャさんも俺が声をかけるまで湖の方を見ていた気がするんだけどね。まぁ、そこは気づいていないふりをしておこう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る