第29話 山で遭遇(上)
新たなフィールドは予想通り、山のようだ。傾斜は緩やかでそれほど問題はないが、人によっては開かれた道がないため、非常に先へ進みづらい。邪魔な草やツルを払いながら、ここに住まう魔物によって作られたと思われるけもの道を辿る。
「……虫とか出てきそうだよね」
「どうだろう? ペックの森も虫の魔物が出てきそうだったのに、いなかったし。案外、大丈夫かもしれないよ」
虫が苦手な妻は体に触れる植物1つ1つを警戒しながら先へ進む。魔物なら俺の気配察知に引っかかるから大丈夫だよ、と伝えたが聞く耳を持たない。
以前聞いた話によると、子供の頃にセミが自分の方に飛んできて頭に止まったかと思うとその場で放尿されたらしい。それまで虫に対して特に苦手意識がなかった彼女でも、これには大泣きしたと苦々しい表情で語っていた。
ペックの森では木々が密集していたものの、他の草花の背丈は膝下くらいまでだったので平気だったらしい。たぶん顔の近くに虫がいそうな植物があまり近づいていないからかなと、本人は言っていた。セミって草花じゃなくて木に止まってるものだから警戒するところを間違えている気がするが、指摘すると彼女の苦手意識が木にまで広がるだけな予感がするので言わないようにしている。
「もうリタイアしたい」
「ダメだよ。せっかく他のプレイヤーが入っていないフィールドにこれたんだから。もう少しがんばろうよ」
説得してもムリだったら、妻だけ帰らせるか?
ソロで新たなフィールドを巡るのはかなりリスクがあるが、この先に求めるものあるかもしれないのにそれを諦めるは嫌だからね。
最悪、死に戻ってもデスペナでステータスが一定時間減少するだけ…………じゃなかった。所持金も半分持っていかれるし、アイテムも1つその場にドロップするんだった。前回、死んだのが怨嗟の大将兎にやられたときで、あの頃は貧乏だったから気にしなくてよかった。でも、今死ぬと60万近い金額をロストする上、あえて残している選択スキルスクロールを落とす可能性がある。
これは流石にソロでの挑戦はやめるべきか。
「……わかった。でも、虫の魔物は絶対に私に近づけないでね?」
「もちろん。全力で守るよ」
どうやら妻は嫌々ながらも先へ進むことに納得してくれたらしい。ひとまずこれで探索を続けることができる。
虫がどうのこうのと会話をしながら道なき道を進んでいるとようやく少し開けた場所に出た。木々が乱暴に倒された痕跡があり、どう考えても自然にできたものではないとわかる。根本付近を強引にへし折ったような状態から魔物がやったと推測できた。
しかし、気配察知には魔物の気配は引っかからない。ここは住処ではなく、たまたま謎の魔物が暴れてできた場所なのか。もしくは住処だが、今は留守にしているのか。どちらかはわからないが、とにかく今、この場の安全はスキルによって保障されている。
山に入ってからずっと神経使いっぱなしだった妻を休ませるには良いかもしれないな。何があるかわからないので長居するわけにはいかないが。
「ちょっと休憩しようか。満腹度はまだ大丈夫そうだけど、気分転換にご飯でも食べよう」
「うん。ここならちょっとは気が休まりそうだし、賛成」
なぎ倒されている木に腰かけた俺たちはアイテムボックスからフライドラビットを取り出した。初めてフライドラビットを買ったあの店のものだ。今はお金があるので、アイテムボックスに10個は入れておくようにしている。
「相変わらず美味しいね、これ」
「ほんとにね。そういえばこの前調べたんだけど、リアルでも兎肉って食用であるらしいよ。俺が調理するからお取り寄せしてみる?」
「そうなの!? じゃあ、ログアウトしたら早速、頼もうよ」
俺が現実でも兎肉の料理が食べられると伝えたところ妻は食い気味に反応した。分かりやすいな。ゲーム内の兎肉はあくまでも兎系魔物の肉なので、リアル兎肉と全く同じ味というわけではないと思うが、調べたところ美味しいらしいので俺も今から楽しみだ。
フライドラビットを頬張りながら、リアルでは兎肉の他にも熊肉やら猪肉などもお取り寄せすれば食べられるという話をして妻と盛り上がっていた。
そんな緩んだ空気をぶち壊すように、気配察知の範囲内に魔物が侵入した。
「ん!? いきなり魔物が現れた。ちょうど、俺たちの真上? さっきまで気配は一切感じなかったのにどうやって……」
「――――上って、あれじゃない? 空を飛んでる黒い烏っぽいやつ!」
俺の言葉を聞いて、反射的に空を見た妻から報告を受ける。すぐに真上を向くと彼女の言う通り、大柄な烏のような魔物が滞空していた。
「あれ? こっちを見てはいるみたいだけど、動かないね」
「たしかに。今までに自分から攻撃してこない魔物なんてほとんどいなかったし、流石にあいつがそうだとは思えないんだけど」
遠目なのでわからないが、たぶん130cmくらいの大きさがありそうな鳥だ。このサイズの魔物が見掛け倒しというわけがないと思うんだが。
「あいつが攻撃するわけでもなく、見てる理由……何か思いつく?」
「わっかんないけど、お腹が空いたから私たちの食べているご飯を狙ってたとか?」
「あー、その可能性はあるかもね。現実でも鳥が人の食べ物を空から搔っ攫っていくことあるらしいし。試しに少し離れたところにフライドラビットを置いて、様子見してみよう」
俺は新しいフライドラビットをアイテムボックスから取り出すと俺たちのいた場所から少し距離のあるところへ置いてみた。
「さて、あいつはどうするのかな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます