第24話 食卓

 妻の料理ができるまで宿への立ち入り禁止となった俺は、マモルとファーレンの町を散策していたのだが、特におもしろいものが見つかることはなかった。そこで妻以外で唯一のゲーム内フレンドであるイッテツさんが以前、マモルのことを見てみたいと言っていたのを思い出して、今から会えないかと連絡を入れた。すぐにオッケーとの返事がきたので、マモルと一緒に閉店後の武器屋を訪れた。


「お邪魔します」

「お疲れ様でーす。どうぞどうぞ」


 閉店後の武器屋の扉を叩くと、すぐに開けてくれる。中に入ると他の見習い鍛冶師プレイヤーはログアウト中らしくイッテツさんしかいなかった。


「この子がマモル君かぁ~。骨身とはいえ、狼なだけあって大きいですね」

「そうですか? ログイン初日から一緒にいるんで、見慣れちゃいました。さっきまで、マモルの倍以上ある敵と戦っていたからっていうのもありますが」


 マモルが大きいと言っても俺の腰くらいまで、つまり大型犬と同じくらいかそれより少し小さいくらいだ。怨嗟の大将兎の2mを超える巨体とは比べ物にならない。


「マモル君より大きい魔物ですか……そんなのファーレン周辺にいましたっけ?」


 首を傾げるイッテツさん。

 そういえば、ユニークボス関連の話はまだ伝えてなかったか。もう終わったことだし、教えてもいいかな。


「実は、数日前から怨嗟の大将兎っていうユニークボスに絡まれていまして。ついさっき倒してきたところなんですよ」


 俺の言葉を耳にした彼はとても驚いた表情を見せる。

 この反応だとユニークボスってやっぱりレアだったんだな。


「あのワールドアナウンスはハイトさんたちのことだったんですね……」

「えっ、ワールドアナウンスって?」


 イッテツさんが言うには俺が怨嗟の大将兎を倒したことが全プレイヤーにアナウンスされていたらしい。掲示板でもそれ専用のスレッドができたりして、けっこう騒がしかったらしい。

 自分で掲示板を覗いてみたが、たしかにたくさんのコメントが飛び交いお祭り騒ぎになっている。中には物騒な発言をする輩もいた。うん、見なかったことにしよう。


「状況わかりました?」

「はい、とても」

「幸いユニークボスを誰が倒したのか、というのはまだバレていません。僕も口外するつもりはないですから、しばらくは大丈夫だと思います」

「助かります」

「ただ、そう遠くないうちに2人がユニークボスを倒したことはバレてしまうでしょう。掲示板にもいましたけど、情報屋が大金はたいて情報を集めているので」


 狼の獣人が亡くなる一部始終を見たというプレイヤーがすでに名乗りを上げていた。他にも大なり小なり関係する情報を得ているプレイヤーたちがそれぞれ情報屋へタレコミを入れると最終的にはバレてしまうだろう。


「いっそのこと情報屋へ自分で情報を売るというのはどうでしょう? 俺と妻の個人情報に関しては誰にもバラさないことを条件に」

「……それはいいですね。情報屋の場所は俺が知っているので、案内役は任せてください」

「何から何までお世話になって、すみません」

「いえいえ、ハイトさんのくれた頑丈な石のおかげで俺はかなり稼がせてもらってますから。これくらい気にしないでくださいよ」


「あっ、そうだ。話が変わるんですけど、次のアプデ内容ってもうチェックされました?」

「いえ、まだ」


 ゲームが発売してからもうすぐ1ヶ月経つ。そろそろ最初のアップデートが入る頃である。


「でしたら公式サイトで確認するといいですよ。きっとハイトさんたちが喜ぶ内容だと思うので」

「ほんとですか? だったら、ログアウトした際に見ることにします」




 ――――ご飯ができたよ~♪




「あっ、妻の料理が終わったみたいです」

「それじゃあ、今日はお開きですね。では、また」

「はい。お邪魔しました」


 妻からのメッセージがきたので、俺は話を切り上げて宿へと帰った。


「ただいま~」

「おかえり! ささっ、早く早く」


 部屋に入るとすぐに奥へ行くよう急かされる。


「おぉ! すごい!! これってクリームシチューだよね?」

「せいかーい! どう、すごい?」

「すごい。とってもすごいよ!」


 それに嬉しい。愛する妻の手料理をついに食べることができるんだから。


「よしっ、褒められて満足したから食べていいよ。っていうか、冷める前に食べて」


 古い木のテーブルとイス。その上には妻の作った手料理が。なんかこう、ほっこりするというか、現代日本、特に都会では感じられない風情があるというか。とにかくとっても良い。


「「いただきます」」


 2人揃ってしっかり手を合わせた。ゲーム内とはいえ、食べる前には食材にしっかり感謝をしないとね。ありがとう、怨嗟の大将兎。君の血肉は無駄にはしない。


 よし、まずは人参らしき野菜と大将兎肉をシチューに絡めて。贅沢に一口っと。


「うっ……」

「ど、どうしたのハイト!? まさか、まずかっ――――」

「うますぎる!!」


 シチューの味も濃厚でとても良いが、それ以上に大将兎肉がほろっほろで最高だ。フライドラビットに使われていた兎肉も柔らかい物だったが、次元が違う。大将兎肉、流石はレア度:2のお肉だ!


 そこへ妻の手料理を食べているという感動も合わさって、最高に幸せである。


「よかったぁ……言葉に詰まるからまずかったのかと思ったよ」

「違う違う。最高においしい。ゲーム内で食べた料理の中で1番!」

「そんなに~? ここまで褒められるとちょっと恥ずかしくなっちゃうよ」


 お世辞抜きにマジでうまい。この感動を余すことなく妻へ伝えたいが、これ以上の褒め方がわからない。俺に語彙力がないことが悔やまれる。


 その後も俺はうまいうまいと言いながらシチューを食べ続けた。妻も自分で作ったシチューの味に満足できたらしく、次から次へと口へ運んでいた。その結果、鍋に入っていたクリームシチューはすぐになくなる。そして残ったのは腹も心も満たされた俺たちと、隣で食事ができることを羨ましそうに見つめていたマモルだった。


 今度、マモルにも何かプレゼントしよう。


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