第6話 肉ですわッ! 肉を食べるのですわッ!

 それから、地道なトレーニングをして休日は終わった。また、いつのもの学園の日常が戻って来る。朝起きると体中が痛い。どうやら全身が筋肉痛のようだ。


 痛みに耐えながら、寮の自分の部屋から校舎に向かう。席に着くと、すぐに授業は始まった。


 午前中の座学を終えると。待ちに待った昼休みの時間になった。昨日の運動で大量のカロリーを消費したせいか、お腹が空いている。


「ジェシカお姉さま! 食堂に参りましょう。もう、お腹がペコペコですわ」


「やだわ。キャシーったら、はしたないですわ。ジェシカお姉さまを見習ってくださいまし。真のレディーは、空腹を訴えたりしませんのよ?」


 いつものように、キャシーとロッテが私の元に寄ってくる。私は、立ち上がって目を見開いた。腕を組んで仁王立ちで言う。


「キャシー! ロッテ! 肉ですわッ! 肉を食べますわよッ! さあ、行きますわよ!」


 プロレスラーたるもの食事もトレーニングのひとつである。強靭な肉体を作るためには、肉をモリモリ食べなくてはならない。できれば、食後にプロテインも飲みたいところだが。この世界にはプロテインは存在しないようなのであきらめる。


 キャシーとロッテを引き連れて教室を出ようとすると、教室の隅でポツンと1人で佇んでいるフローラの姿が目に入った。他の生徒たちが食事に行こうとする中、フローラは誰にも誘われることなく1人で寂しそうに立っていた。


 私は、向きを変えてフローラの方にツカツカと歩み寄った。そして、うつむいているフローラに声をかける。


「フローラ! そんなところで何をなさっているの? お昼の時間でしてよ? 食事に行きませんの?」


「あ、ジェシカ様…… いいんです。私にかまわずどうぞ…… 行ってください。私は、あまりお腹が空いてませんから……」


 私は「ふぅ」と軽いため息をついた。庶民の娘である彼女は、まだこの学園に馴染めずにいた。お昼も1人でこっそり食事をしているようだ。どこで食べているかは知らないが。


 うつむいたままのフローラに、私は言い放った。


「フローラ! あなたもわたくし達と一緒にいらっしゃい! 肉を食べますわよッ! 肉をッ!」


「えッ!? でも…… 私なんかが一緒だと、みなさんのご迷惑になります。あの? ちょッ……?」


 そう言うフローラの腕を私は強引に掴んだ。


「遠慮は無用ですわ! 先日、言いましたわよね? わたくしたちは、もう友達ダチだと。さあ、行きますわよ! 肉を食べにッ!」


 彼女にウィンクすると、そのまま強引に連れて行ったのである。フローラは、戸惑いの表情を見せたが、抵抗はしなかった。そして、どことなく嬉しそうな顔になった。



 この魔法学園には、食堂が5つほどある。食堂によって値段や料理の内容が、それぞれ異なっていた。


 この学園の生徒は、フローラを除いて貴族の子供たちである。しかし、貴族と言っても私のように名門の一流貴族もいれば、二流、三流の下級貴族もいるのだ。子分のキャシーとロッテなどは下級貴族の娘である。


 自然と食事をする場所も家柄や階級によって分かれていった。


 そんな中、私たちが訪れたのは、この学園の中で一番高級な食堂だった。貴族の中でもさらに身分の高い一流貴族たちが集まる食堂である。


 まあ、我がジェルロード家は名門貴族のなので何も遠慮する必要はない。


 この食堂は、バイキング形式で好きなものを好きなだけ食べられる上に、一流のシェフが作っているから味も良いのだ。


「さあ、肉ですわッ! みなさん! 肉を食べますわよッ!」


「ジェシカお姉さま…… さっきから肉のことばっかり……」


 肉を食べるために張り切る私を見て、キャシーとロッテは少し呆れている様子だった。


「ジェシカお姉さま。私たちが料理を取ってきますので、フローラさんと先に席にかけてお待ちください」


 キャシーが、私に席で待っているように促す。自分で直接、肉を取りに行きたいところだが、まあ仕方ない。ここは彼女たちに任せるとしよう。


「キャシー! よろしくって? 肉をたくさん取ってくるのですよッ! 肉をッ!」


「分かりましたわ。ジェシカお姉さま。それでは……」


 キャシーとロッテは、料理を取るために去って行った。私とフローラは、空いている席に座り彼女たちを待つことにした。


 フローラは、落ち着かない様子で周囲をキョロキョロと見渡している。


「あら? ここは、そんなに居心地が悪いかしら? フローラ」


「えッ!? え、ええ。ジェシカ様。ここは名門の貴族の方々が集まる食堂。私みたいな身分の者には…… ちょっと」


 まあ、彼女がそう思うのも無理はない。彼女は、名門どころか貴族ですらない。庶民の中でも貧しい農家の娘である。光属性の魔法の才能が無ければ、この学園にいることすらできないのだ。


「気にすることはありませんわ。どんなに身分が高くても所詮は貴族。殴り合いの喧嘩もしたことない連中ですわ。それに比べて、あなたはこのわたくしを殴り倒したのです。もっと自信を持ちなさい! フローラ!」


 悪役プロレスラー『ザ・グレート夜叉』の記憶が覚醒した私にとって、身分の高さなど何の価値も無かった。今の私にとって唯一の価値は『強さ』。それも相手に直接、暴力を振るう腕力の強さのみである。


 貴族よりゴリラの方がよっぽど高貴な存在だ。


「ふッ…… ふふふふ!」


 私の話を聞いて、フローラはなぜか突然笑い出した。そして、私の目を見る。


「ジェシカ様は、本当に面白いお方ですわ…… ふふふふ」


「フローラさん。そのジェシカ『様』というのは、そろそろやめてくださる? わたくしたちは友達でしょう? 様をつけられては、何だかこそばゆいわ」


「えッ!? じゃ、じゃあ…… ジェシカさん…… とお呼びしてもよろしいのですか?」


 フローラは、少し困った顔になる。私は、にこやかな顔で言った。


「ジェシカと呼び捨てでもよろしくてよ?」


「よ、呼び捨ては無理です! それはダメです! ……ジェシカさん」


 心配そうに私の顔を見るフローラに、私は微笑んで答えた。少しの間だが、彼女と話して距離がだいぶ縮まったような気がする。


「ジェシカお姉さま! お待たせしましたわ!」


 ようやくキャシーとロッテが戻って来た。料理が盛りつけられた皿をテーブルに並べだす。しかし、並べられた料理を見て私は眉間にしわを寄せた。


 ドレッシングのかかったサラダ。パンとバター。色とりどりのフルーツ。そして、肝心の肉は…… ローストビーフが数切れ程度である。


 私は、立ち上がって叫ぶ。


「な、何ですのッ!? これは! 小鳥にエサでもあげる気でして!? わたくし言いましたわよね! 肉を! 山盛りの肉を取ってくるよう。これでは…… 肉が…… 肉が全然足りませんわよッ!」


「も、申し訳ありません! ジェシカお姉さま! ……ローストビーフはお嫌いでしたか?」


 私の怒声にビクッとなって頭を下げ、上目遣いでこっちを見るキャシーとロッテ。私は、数切れローストビーフを指さして言った。


「好きとか嫌いではなく、量の問題ですわ! これしきの量ではまったく足りませんわ!」


 キャシーとロッテは、顔を見合わせて首をひねる。彼女たちにとっては、充分な量の肉を持って来たつもりなのだろう。これだから、お嬢様は!


「もうけっこうですわ! わたくしが、自分で取りに行きますわ! あなたたちは先に食べていなさい!」


 これ以上、彼女たちに言っても無駄だ。私は、山盛りの肉を求めて自ら料理を取りに行くことにした。


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